冬夏恋語り
女性が立ち去ったあと、店内には重苦しい空気だけが残った。
ここにいるみなが、先の女性を快く思ってはいないことは顔を見ればわかるというもの。
ひとたび誰かが口火を切ったなら、止めどもなくその人の悪口が出てきそうだ。
気を取り直して、話の続きを聞かせてくださいと言える雰囲気でもなく、かといって、恋雪さんの込み入った事情を聞くのも躊躇われる。
「お茶、淹れなおしますね」
「……そうしてもらおうかな」
愛華さんへ、かろうじてハルさんが応じたが、ミヤさんもヨネさんも黙りこくっていた。
事情がわからない俺は黙っているしかない。
静けさを破ったのは、頃合いを見計らったように帰ってきた恋雪さんだった。
「ただいま……貴之のお母さん、帰った?」
「おかえり、帰ったわよ。恋ちゃん、あの人がここに来たの知ってるの?」
「帰ろうと思ったら、あの人が店に入っていくのが見えたから、その辺をぐるっと回ってきた」
「そう」
お茶を淹れる手を止めることなく恋雪さんと話しているが、愛華さんの表情は固く、「そう」 と返しながらも言いたいことを押しこめているようでもある。
ご隠居さんたちも、いつものように軽口をはさまない。
「で、今度はなに?」
「貴之さんのおばさんの孫の七五三の祝いがあるから、アンタにも出てほしいって」
「わかった」
「わかったって、まさか、行くつもりじゃないでしょうね」
「だって、行かなきゃお義母さんに嫌味を言われるし」
「言わせておけばいいのよ」
「だって……」
「そもそも、結婚もしてないのに、お義母さんって呼ぶの、おかしいでしょう。
いい加減やめなさい。アンタがあの人を ”お義母さん” って呼ぶから、向うだってその気になるんじゃない」
「そうかな」
「そうよ」
愛華さんらしくないとげとげしい言葉が恋雪さんに向けられ、姉妹の会話がいつ喧嘩に発展するか、聞きながらハラハラする。
ミヤさんたちは、まだ口を結んでいる。
恋雪さんを睨み付けていた愛華さんから、深いため息が漏れた。
言うだけ無駄だと悟ったのか、あきらめの表情が浮かんでいる。
「仕入れ、どうだった?」
「いつもどおり」
「疲れたでしょう、お茶、淹れたから座って」
「うん」
愛華さんは年長者から順に茶碗を配り、自分の前にも茶碗を置くと引き寄せたパイプ椅子に腰かけた。
それぞれが茶碗を手に一服し、ほっとしたのもつかの間、恋雪さんの一言が和んだ空気をかきまぜた。
「愛ちゃん、茶卓の木目が縦になってる。お出しするとき気をつけなきゃ。これは不吉な卓だから」
「アンタがいつまでも向うの言いなりになってるから、不吉にもなるんじゃない!」
愛華さんのあまりに大きな声に驚き、俺は湯呑茶碗を持ったままびくっと震えた。
心底怒った女性の声というのは迫力がある。
ファミレスで、深雪から怒りをぶつけられた苦い記憶がよみがえり、愛華さんの怒りの先は恋雪さんのはずなのに、俺が怒られている気がした。
半分腰を浮かしたような感じで落ち着かず、どうにも居心地がよろしくない。
かといって、帰りますとは言い出せない。