冬夏恋語り


張りつめた空気が漂う中、のんびりした声があがった。



「愛ちゃん、恋ちゃん、今夜どうだい、気分直しに」



ミヤさんが、クイッと飲む仕草をした。

ハルさんとヨネさんは早くも了解のサインをだしている。



「いいですね。お付き合いします」


「はい」



愛華さんに続き、恋雪さんも誘いを受けた。



「タケちゃんも、もちろん付き合ってくれるよな」



ヨネさんの、威圧的な笑みに逆らえるわけがない。

帰るつもりでいたが、そんな気は微塵も見せず、二度首を縦に振って了解の意思表示をした。

それからのご隠居三人組の連携といったら、とにかくすごいの一言だった。



「さてと、美人姉妹をどこに連れて行こうか。先にうまい飯だな……『雅』 に行くか。

電話、電話っと……あーもしもし、米澤だけどね、女将、いる? 代わって』



ヨネさんの電話一本で、この街一番の料亭の予約が完了した。



「6時に予約した」



「わかった」 と言うが早いか、ミヤさんが電話をかけはじめた。



『もしもし、電気商会の宮元です。支配人は? あっ、このまえはどうも、奥を……うん、頼みます』



漏れ聞こえる会話から察するに、電話の先は 『丘の上のホテル』 のバーラウンジで、「奥を」 と言っただけで個室を抑えたらしい。

言葉は丁寧だが、ミヤさんの押しの強さは三人の中で一番かもしれない。

最後に電話をかけたハルさんは、



「ハルヤだけどね、一時間後、麻生漆器店まで二台よこして」 



たったこれだけでタクシーを予約した。

タクシーの空きがあるかなど一切聞かず、一方的に用件を伝えて通話終了。

ご隠居三人組の手際の良さに、ただ驚くばかり。

俺になすすべはなく、何もできず情けないと思うが、これが人生経験の差というもか。



「あと一時間ですね。私、息子たちのお夕飯作ってきます。店番、頼んでもいいですか」


「あいよ」



愛華さんの頼みにヨネさんが軽妙に応じ、ミヤさんが恋雪さんに声をかけた。



「恋ちゃんも準備があるだろう。ここは引き受けたから、行っといで」


「じゃぁ、お願いします。ちょっと家に帰ってきます。西垣さんもでしょう?」


「えっ? 僕は別にこのままで」



女性は、着替えたり化粧をしたり、出かけるためのしたくがあるだろうが、男にその必要はない。

と思っていると、恋雪さんが、外へ……と目くばせした。

俺に話があるようだ。



「ネコちゃん、ご飯待ってますよ」


「あっ、そうだ。すみません、僕も帰ってきます。すぐ戻りますんで」


「タケちゃんもネコを飼ってるのか。それじゃ彼女はできないや」



あはは……とハルさんたちに笑われた。

彼女がいるかいないか、そんな話をご隠居さんたちにしたことはないのに、ネコを飼っているだけで 「彼女なし」 と断定されてしまった。

その通りだから否定はできないが。

ははは……と乾いた笑いでごまかし、「じゃぁ」 と中途半端な挨拶をして恋雪さんと一緒に店を出た。


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