冬夏恋語り
「アーケードを抜けると早いですよ」 と俺に教えた恋雪さんは、案内するように先に立って歩き始めた。
店の前に止めた自転車を押しながら、彼女の背中に続いた。
アーケード内は自転車走行禁止となっているのだ。
仕事が常勤になった昨年春、それまでの仮住まいの部屋から広い部屋に引っ越した。
大学まで徒歩なら30分はかかる道も自転車なら10分足らず、大雨や雪でもない限り毎日ペダルをこいでいる。
基本自炊のため、食料品の買い出しに便利な立地の物件を探した。
築20年はゆうにすぎたマンションで、2DKの間取りはひとり暮らしには広すぎるが、年々増える蔵書を考えるとちょうど良い。
ペット可だったこともあり、猫を飼うきっかけにもなった。
住まいに関しては、とても満足している。
自宅から 『麻生漆器店』 がある商店街まで自転車で10分、大学はマンションをはさんで反対側にあり、仕事帰りに立ち寄るには少々遠い。
マンション近くを素通りして、商店街まで20分以上ペダルをこがなければならないのだ。
遠回りと感じたこの道のりも、最近では良い運動、快適なサイクリングと思えるようになってきた。
『麻生漆器店 友の会』 特別会員になり、地元商店街の旦那衆やご隠居さんにまじっての交流は楽しく、もてなしてくれる麻生姉妹にも会える楽しみができたのだ。
週に二日は、自宅マンションを通り過ぎて商店街に通っている。
女性にしては早い歩きの恋雪さんは、俺より先を行く勢いで商店街をどんどん歩いていく。
並んだ横顔は真っ直ぐ前を向き、話してくれる気配はない。
こっちから話を振るか……
「即決だったけど、いつもあんな感じ?」
「ミヤさんたちですか。えぇ、あんな感じ。なんでも、パパッと決めちゃうの。気持ちいいでしょう」
「有無を言わせぬってのは、ああいうことだね。
恋ちゃんたちの都合も聞かずに、どんどん決めていくんだからさ」
話ながらも歩みは変わらず息が上がる様子もなかったのに、 ”恋ちゃん” と呼んだ俺の声に、彼女の顔がわずかに反応した。
まただ、この前もこんな顔をした。
キーワードに反応したような、そんな顔。
不快な顔ではないので、”恋ちゃん” と呼びかけることに問題はなさそうだ。
ならば、このまま通させてもらおう。
「成り行きで、僕も行くことになったしね」
「どうする? って聞かれたら、迷ったり遠慮しちゃうけど、行くよ、って言われたら用事がない限り従うでしょう。
迷いを与える隙もなくどんどん決めて、でも、強引じゃないの。そう思いません?」
自分の考えをきちんと述べて、最後だけ丁寧な言葉で問いかける。
なるほどと思わせる言葉に、思わず 「そうだよね」 と相づちを打った。