冬夏恋語り
恋雪さん……恋ちゃんは、さっぱりとした性格で話しやすい。
男っぽいとか、気風が良いとか、そういう感じではなく、例えるなら、洗いたての木綿のような爽やかさがある。
裏を返せば、さらっとしすぎて素っ気ない気がしないでもないが、俺は嫌いではない。
しかし、そんな恋ちゃんが、どうしてあのお母さんに、ビシッと言い返せないのか。
そんなことを考えていると、俺の心の中を見たような話を持ち出した。
「彼、亡くなったんです。もうすぐ三回忌」
「そうだってね。愛華さんから聞いた」
「聞きましたか。そうですか……」
徐々に歩みが遅くなり、緩やかな歩調になった。
アーケードを抜けて大きな道を二本渡り、住宅地への入り口に差し掛かった。
信号待ちで交差点に立ち止まると、恋ちゃんが店を出てから初めて俺の顔を見た。
「私と姉の話、西垣さん、気になってるだろうなと思ってました。
身内のゴタゴタを聞かせちゃって……嫌な思いをされたでしょう、すみません」
やはり、俺に話すために外へ連れ出したのだ。
すみません、と言いながら、恋ちゃんは背中が見えるほど律儀に頭を下げた。
返す言葉が見つからなず、「信号が変わったよ」 と横断歩道を渡るように促した。
「うん、そうだね。恋ちゃんの事情、気にはなってる。でも、無理に話さなくても」
「別に無理してないですから。
彼と結婚の話はあったけど、結納もしてないし。なのに、婚約指輪だけもらったの。
彼が亡くなってから」
「亡くなってから?」
「彼のお母さん、ほら、さっきの人。あの人が、形見だからって渡してくれたんです。
指輪を受け取ったから、いまでも彼の家から離れられなくて」
「彼、亡くなる前に婚約指輪を用意していたんだね。だから、その指輪を恋ちゃんに渡してくれたんでしょう。
彼のお母さんも、恋ちゃんを息子さんの婚約者として大事に思ってるんだよ」
「うーん、それはどうだろう。指輪でつなぎとめられたってカンジです。
婚約者というより嫁ですね、完全に嫁扱い。
法事とか祝い事があるたびに呼ばれて、行かなきゃ呼びに来るし。付き合いが広い人たちだから大変」
「指輪をしてくるように言うのは、あのお母さんか」
「そう、一度忘れて行ったら ”貴之のこと、もう忘れたの” って泣かれちゃって」
苦笑いする顔に 「そりゃ大変だ」 と返した。
結婚するはずの相手が亡くなり、彼の家族との付き合いだけが残った、面倒この上ない状況じゃないか。
家族との付き合いを面倒と思いながらもおろそかにしないのは、恋ちゃんの真面目なところがそうさせているのだろう。
「彼と結婚するつもりだったんだろう?
恋ちゃんに、好きだった彼の家族を大事に思う気持ちがあるんだよ。
そうでなきゃ、親戚みたいな付き合い方、しないでしょう」
「……そうだったら良かったんですけど。私たち、別れるつもりだったから」
「へっ?」
「私、こっちの道なので。それじゃ、あとで」
さっと身をひるがえした恋ちゃんは、気になる一言を残して路地を曲がっていった。