冬夏恋語り
3, 女の事情、男の事情
今夜は聞き役に徹する、そう決めていた。
もともと誰かの話を聞くのはお手のもの、麻生姉妹のおしゃべりに付き合うくらいなんでもない。
農村地帯に住み込んでその地方の慣習を調べていた頃は、地元の人々の話を聞くことは大事な作業で、
時には夕飯を囲みながら、ときには一升瓶を横に夜中まで飲みながら、とつとつと語るじいさま達の昔話を聞いたものだ。
語り慣れない人から話を引き出すのは得意だが、しゃべっているのはもっぱら愛華さんで、恋ちゃんはときどき言葉をはさむだけ、俺と似たようなものだ。
さらっと気持ちの良い人だから相手に気づかせないが、自分のことは後回しにする、それが恋ちゃんの気遣いだ。
愛華さんの話の合間に 「あとで恋ちゃんのことも聞かせてよ」 と伝えておいた。
そんな気配りはできるのに、もっとも優しくしてやるべき相手への気遣いを、俺は怠ってきた。
女の相談と愚痴はおしゃべりと同じ、黙って聞くこと……
とは、学生から付き合いのある友人の常盤が、深雪と別れたあと俺に言ってくれた言葉だ。
今もそうだが学生の頃も常盤は男にも女にも優しく、あたりの柔らかさから友人が多かった。
同級生だけでなく女の先輩たちの相談相手にもなっていたらしい、どんなアドバイスをしていたのかは知らないが。
常盤にそれを尋ねると、
「アドバイスなんてしない、話を聞くだけだ。
おまえさぁ、深雪さんに指図してただろう。別れた原因はそれだな」
こう言い切られた。
指図なんてしない、計画を立てて予定を話しただけだと言い返すと、それが指図だと呆れられ、
「西垣みたいに、彼女の話をちゃんと聞かず先に進むヤツが一番嫌われる」
とまで言われた。
じゃぁ、どうすればよかったんだよと言うと、黙って話を聞くだけだと。
「好きな彼女と一緒にいるって、そういうことじゃないのか?
俺についてこいタイプも、相手によっては効果的かもしれないが、対等な恋愛にはならないよ」
「深雪はおとなしいから、俺が引っ張っていこうと思ったんだよ……」
「そうだな、彼女は控えめでおとなしい。けど、芯はしっかりしてるだろう。
将来が不安定な西垣を、何年も待っていたんだからな。あんなけなげな子、滅多にいない。なのに別れて、ホントバカだよ」
彼女の手を離した途端ほかの男に持っていかれた俺は、常盤からみたらさぞ間抜けな男だろう。
深雪と対等な恋愛関係を保とうなど、これっぽっちも頭になかった。
俺が仕切っていくんだ、将来の道順を示してやるんだと意気込んでいた。
麻生姉妹の話を聞きながら、頭の片隅で過ぎた恋愛を振り返った。
「……てことは、別れた旦那さんは、龍太君が自分の息子だってこと知らないの?」
「知らないというか、信じてないの。母親の意見って息子には絶対だもの。
母親は私が浮気したと思い込んでるんだから、龍太のこと、あの人も浮気相手の子だと思ってるでしょうね」
水割りからカクテルに変わったグラスは、軽く三杯を超えている。
目尻を赤く染めた愛華さんは、もつれかけた舌で長男龍太君の出生について語り始めた。
話の流れで 「息子さん、父親には会ってるの?」 と俺が聞いたためだ。
離婚後妊娠が分かり、別れた夫にその事実を告げたが、前夫はともかく、姑が 「息子の子どもではない」 と取り合ってくれなかったそうだ。