冬夏恋語り
ラウンジを出て化粧室へ入った愛華さんを待ちながら 「恋ちゃんの話を聞かせてよ」 と伝えると 「私の話も聞いてくれるの?」 と嬉しさをにじませながら言われた。
「彼と別れるつもりだったなんて言ったから、気になりますね。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけど、気になってるのは本当。俺も恋ちゃんのこと聞きたいから」
「あれ? 西垣さんって、俺って言いましたっけ?」
「はっ、あはは……猫かぶってたけど、俺の方がラク」
「そうなんだ」
「まだ時間ある? もう一軒どっか行こうか」
「それもいいですけど、よかったらウチに来ません? タァーも気になるし」
時計の針は10時になろうとしている。
この時刻から女性の部屋を訪れるのは、いかがなものか。
どこかで飲みながらの方がいいに決まっているが、恋ちゃんは猫が気になるようで、それなら彼女の部屋の方がいいかもしれないと、俺はあっさり承知した。
「お待たせ。いきましょうか」
ミヤさんから預かった折詰を手にした愛華さんは足取りも軽く、ご機嫌な顔で俺の腕に手を絡めてきた。
胸の弾力がなかなかいいなと、男の下心を煽る仕草にほくそ笑んでいると、反対側を歩く恋ちゃんがハッと息をのみ立ち止まった。
エレベーター前の廊下を曲がってきた男も、俺たちを見て息をのんでいる。
「おにいさん……」
恋ちゃんの声が廊下に響き、愛華さんは俺の腕をギュッとつかんだ。
「こんばんは」
「こんばんは」
男の挨拶に恋ちゃんだけが答え、俺は儀礼的に頭を下げ、愛華さんはさっきより強く俺の腕に腕を絡めてきた。
「その人と……そうか」
「そうよ。だから、なに?」
「いや、僕がどうこう言うことはないよな。愛華たちをよろしくお願いします」
男は俺を愛華さんのパートナーだと思い込んだ。
愛華さんは男の勘違いを利用した。
俺は話を合わせるべきか?
「よろしく」 と言われたのだから 「まかせてください」 とでも答えたらいいのだろうか。
「余計なお世話です。武士さん、いきましょう」
「あっ、うん」
階下へのエレベーターのドアが開き、愛華さんに引っ張られるようにして乗り込んだ。
男も一歩踏み出しかけたが、愛華さんがすかさず 「閉」 を押したドアに阻まれ、踏み出した足を戻すのが見えた。
閉まるドアの向こうから切ない視線が届く。
愛華さんはその目を見ることなくそっぽを向いていた。
「せっかくの気分が台無しじゃない」
「いまの、龍太君の……」
「そうです、あれが父親。あーもぉ、なんでこんなときに出くわすのよ。
西垣さん、河岸を変えて飲み直しましょう。恋ちゃんも付き合って」
苛立った美人の横顔には迫力がある。
つり上がった眉と怒りをにじませた口角が、整った顔に険しい彩りを加え惚れ惚れした。
家に電話しなきゃ、と独り言を言いながら、愛華さんはエレベーターを降りながら電話をはじめた。
「あの調子では朝までコースになりそうだな。予定変更だね」
「ですね」
「明日か、明後日でもいい?」
「わたしはいつでもいいです。そうだ、ミューちゃんも連れてきてね」
「それはいいね。俺もミューの心配しなくてすむ」
「じゃぁ、そういうことで」
恋ちゃんの声は心なしか弾んでいた。