冬夏恋語り
ハルさんたちに連れられ賑やかに過ごした夜から二週間たつ。
恋ちゃんとの家飲み会はいまだ実現していない。
先週は彼女も俺も忙しく時間がとれず、昨日 『麻生漆器店』 に顔を出し 「週末、どうかな」 と恋ちゃんを誘ったが、「週末はちょっと……」 とはかばかしい返事がなかった。
なんとなく、恋ちゃんに避けられている気がする。
あの夜、余計なことをしゃべり過ぎただろうかと思い返すが、恋ちゃんに嫌われるようなことを言った覚えはないのだが。
『丘の上ホテル』 バーラウンジのあと、夜2時までやっているという愛華さん馴染みの小料理屋 『なすび』 に腰を据えた。
愛華さんの愚痴に付き合うつもりでいたのに、茄子を肴に俺の過去をしゃべらされた。
『なすび』 のおかみさんと愛華さんは、息子たちを通じた知り合いで、いわば保護者つながり。
愛華さんの家庭環境もすでに承知しており、「さっき、別れた旦那とばったり会ったのよ」 と、店に入るなり本題に突入、「あらあら、それはご苦労様でした」 とおかみさんがこたえ、話は終了。
お客さんを連れてきたわよと紹介され、それから俺の身元調査となった。
35歳で同級生と結婚、二年後子どもを連れて離婚した 『なすび』 のおかみさんは、同じ年の子どもがいるが愛華さんより歳は一回りも上だ。
小料理屋を切り盛りしているだけあり、聞き上手であることこの上ない。
客の相手をするおかみさんの横で、俺と似たような歳の板前さんが店の看板料理 「茄子の揚げ出し」 を黙々と作っているが、彼が俺の話を聞いているのかいないのか、包丁を持つ手に向かう真剣な顔から窺うことはできない。
「急ぎすぎたんだと思います。彼女を長く待たせたから、少しでも早く前に進もうと思って。
でも、なんか、いろいろ無理をさせたみたいで」
結婚を望むあまり、深雪のペースも考えずに推し進めてしまったのだと、別れに至った要因を話した。
湯気があがる鉢が目の前に置かれた。
素揚げの茄子と揚げ豆腐に、たっぷりのネギが添えられている。
熱いうちにどうぞ、と言われ箸をとった。
「それだけじゃなかったかも」
「はっ、ふぁい」
「あっ、ごめんなさい。熱いでしょう? ゆっくりどうぞ」
茄子を一口ほうり込んだが、熱々でしゃべるにしゃべれないのだ。
ともかく茄子の素揚げを食べることにした。
「女はね、この人だと思ったら、無理をしてでも一緒になろうとするの。
愛華さんも、そうだったでしょう?」
「えぇ、勢いで結婚しましたよ。で、別れるのも早かった。そういうサヨリさんだって」
「まぁ、そうなんだけどね」
出汁がしみ込んだ茄子の素揚げを平らげると、箸休めです、と板前さんがぼそっと告げて茄子の浅漬けが出てきた。
「私ね、息子が一歳の時、あいついで両親を亡くしたの。
親がやってたこの店を守らなきゃって、息子を保育園に預けて頑張ったのよ。
でも、旦那は私が頑張れば頑張るほど冷たくなって。
ついには、いつも一緒にいる板さんと怪しいんじゃないかなんて言い出して。
いい加減にしてって言ったら、やっぱりそうなのかって言われた。
信用されてなかったんだと思ったら、ほんと、悲しくなったわね。
板さんも居づらくなってやめちゃった。
それで旦那とよりが戻ったかといえば、そんなことなくて、もっと気持ちが離れて離婚よ」
「小さいお子さんを抱えて、ご苦労されましたね」
「そんな風にいわれると、泣けてきちゃう。西垣さん、ありがとう」
あなたなら、きっといい人が見つかるわよと、『なすび』 のおかみサヨリさんに太鼓判を押された。
「ねぇ西垣さん、彼女にわたすつもりだった婚約指輪、処分した方がいいと思う。
いつまでも持ってるから、気持ちの整理ができないのよ」
「そうなんですけど、なんか面倒で」
貴金属の買い取り業者に知り合いがいる、紹介しましょうかとおかみさんに言われたが、そのときはお願いしますとだけ言っておいた。
いざ処分するとなると、やはり思いきれない。
と、『なすび』 でこんなやり取りがあったのだが、そういえば、俺や愛華さんが話すばかりで恋ちゃんは話に加わってこなかった。
いや、指輪を処分すると言う言葉に 「えっ」 と小さく声をあげたな。
そうだ、恋ちゃんに 「君の指輪もそうする?」 と聞いたんだっけ。
あれは余計なひと言だった。
恋ちゃんにとって婚約指輪は、婚約者の家族と切るに切れない縁になっている。
俺のように、売ろうが捨てようが誰に何も言われない、そんな軽いものではない。