冬夏恋語り
その夜、奇妙な夢を見た。
『小料理屋 なすび』 のおかみさんに紹介された貴金属業者に、始末に困っていた婚約指輪を鑑定してもらったところ、文字入りであるため引き取れないと告げられた。
ダイヤの鑑定書もある、なんとかならないかと粘ったが、こういうものは買った時ほどの値はつかない、思い出として大事に持っている方が良いと言われ、売ることを諦めた……
と、こんな内容だ。
目が覚めて、夢の一部始終を覚えていたことに驚いた。
いつもなら、夢を見たことなど覚えていないくらい眠りが深く、たまに覚えていても、ぼんやりと浮かぶ程度だった。
指輪の鑑定の場面などやけにリアルで、リングの内側に刻印した文まで鮮明に思い出した。
記念に文字を刻む方が多いですよと宝石店で勧められ、イニシャルが一般的だが、願いを込めた文章など意外性があり女性に大層喜ばれますと聞き、
『Always with you.』 と彫ってもらった。
「いつも一緒に」 と言う意味で、いまなら恥ずかしさで赤面するようなことを、あのときはなんのてらいもなくやった。
夢には続きがある。
業者に引き取ってもらえなかった指輪を家に持ち帰り、家で待っていた猫のミューを相手に 「売れなかった」 と愚痴をこぼすと、
俺の言葉を聞いたミューが、指輪をくわえてどこかへ行ってしまった。
これが現実であればミューを追いかけて指輪を取り戻しただろうが、夢の中の俺は 「どうせいらないものだ。どこへでも持って行ってくれ」 と投げやりだった。
まさか、夢ではなく本当だったのでは?
ふとそんな気がして、ベッドから飛び起きてクローゼットへ向かった。
棚の上には見覚えのある箱があり、中には新品のままの指輪がちゃんと入っており、リングの内側には記憶通りの文が刻まれていた。
夢の中のミューが指輪を持ち去ったのは、深雪との別れを象徴したものだったのか、俺の心の奥の願望だったのかわからないが、手もとに指輪がある状態は変わっていない。
鑑定書があるから買い取ってほしいと頼むところなど、俺は自分が思うより物の価値にこだわる人間なのかもしれない。
深雪への断ち切れない思いから指輪を手放せずにいると思っていたが、どうもそうではないらしい。
自分の深層心理を覗き見たような夢だった。
俺は指輪に思い入れはなく、条件次第ではすぐにでも手放せそうだが、恋ちゃんはそうもいかないだろう。
彼女は贈り主がいなくなった今も、指輪に縛られている。
婚約指輪と決別できたとき、恋ちゃんも未来へ一歩踏み出せるのに……
マンチカンのオーナー同士、彼女には親近感がある。
力になりたいと思うが、どうしたらよいのかわからない。
”ミャー”
鳴きながら足元にやってきたミューが、抱っこしてほしそうにすり寄ってきた。
恋ちゃんは誰かに甘えることがあるのだろうか。
小さなマンチカンを抱き上げながら、ふとそんなことを思った。
後期に入ってから、学生たちと飲みに行く機会が増えた。
妻訪婚の講義のあとから親しく声をかけられるようになり、講義に関心を持ってくれたのだと思っていたが、それだけでなく、講義の合間の余談で 「マンチカンという猫を飼っている」 と話したためらしい。
マンチカンを語るときの俺は熱く、猫への愛情にあふれている男と言われているそうで……
「先生の話には、猫ちゃんのへの深い愛が感じられる、女性にも優しそうだって、先輩たちが話してましたよ」
と、北条愛華が教えてくれた。
マンチカンの話題は、なぜか女子学生にウケた。
そして、男子学生には彼女がいない講師と思われた節がある。
いずれにしても当たらずとも遠からずであり、否定はしない。
そのとおりなのだから。