冬夏恋語り
昨夜は、『なすび』 に寄ったものの、恋ちゃんと男のわけありの様子が目に入り、いたたまれず逃げるように店を出た。
無性に腹が立ち、ぶつくさ言いながら自転車を押して繁華街を向ける途中で、段差につまずき自転車ごと転んだ。
近くの自販機で買い物中の女性が 「大丈夫ですか?」 と親切に声をかけてくれたのに、無様な姿が恥ずかしくてうつむいたまま小さくうなずき、よろよろと立ち上がった。
自転車を起こしてまたがると、がむしゃらにペダルをこぎ家を目指した。
カップめんだけの侘しい食事を済ませ、そそくさとベッドにはいって目を閉じたが、恋ちゃんの背中と思いつめた声が瞼の裏に浮かんできて、なかなか寝付けなかった。
恋ちゃんは、かつて義兄と呼んだ人と付き合っていたのか。
それは悪いことではないにしろ、俺には少なからず衝撃だった。
さっぱりとして、こだわりがなくて、木綿のようにさらっとした付き合いができる、恋ちゃんはそんな女性だと思っていた。
亡くなった婚約者の家族へいい顔をしながら、姉の元旦那と付き合っていたなんて……
人の内面なんてわからないものだ。
自分の感情を持て余しイライラしながら寝返りを繰り返し、ミューが布団のそばに寄ってきてもかまってもやらず、悶々と一夜を過ごしたのだった。
注文していたキャットベッドが入荷したとペットショップからメールがあり、仕事帰りに受け取りに行く旨を返信していたが、思いのほか遅くなり、大学を出たのはショップの閉店まで30分という時刻だった。
日はとっくに暮れ、星が輝く夜を見ながら坂道を自転車で駆け下りる。
行きは坂道で苦労するが、帰りはいたって楽で足を動かす必要もない。
『ペットショップ ニーナ』 は、住宅地の一角にある。
ごくごく小規模のショッピングモールといったところで、花屋の隣はケーキ屋、向いにはビザ屋とフットマッサージの店が並んでいる。
その横は理髪店と美容室、クリーニング店もあれば総菜屋もある。
それらの店は 『新名産業』 の経営であるのだと、『ニーナ』 の林店長が、ほどよく酔いのまわった顔で話をはじめた。
新名だから 『ニーナ』 かと納得しながら、茄子田楽を口に運ぶ。
今夜は、ふたりの連れと一緒に 『小料理屋 なすび』 に寄った。
坂道滑走のおかげで、閉店間際の 『ニーナ』 に飛び込むことができた。
無事にミューのベッドを受け取り、自転車のカゴに乗せていると、店じまいを終えた店長から誘いがあった。
「今日は冷えるね」
「冷えますね」
「行く?」
「いいですね、行きますか」
こんな調子で飲み会が決まった。
「私も仲間に入れてくださーい」
トリマーの井上さんから参加表明があり、もちろん俺も店長も異存はない。
酒のみの合意は早い、「行く?」 と言われれば用事がなければふたつ返事だ。
もっとも、気の合うふたりだから気軽に応じられるのだが。
ここで初めて恋ちゃんに会った日も、連れだって飲みに行き、そのあと彼女の部屋で家飲みした。
「で、どこに行こうか」
「僕の知り合いの店でもいいですか」
昨夜の恋ちゃんの事情を、おかみさんに聞こうとのもくろみもあった。
恋ちゃんが誰と付き合おうが知るか、と思いながらも、やっぱり気になって仕方がないのだ。
井上さんは 「帰りは代行を頼むから」 という店長の車に乗り込み、俺は自転車のカゴにキャットベッドを乗せて 『小料理屋 なすび』 へ向かったのだった。