世界で一番好きな人
掛川さんと、すっかり話し込んでしまって。
気付いたら、辺りは真っ暗だった。
夏至を過ぎて、段々日が短くなってきた最近。
6時を過ぎると、もう薄暗くなってくる。
その時、私の鞄の中でスマホが震えているのに気付いた。
そっと確認すると、瑛二さんからだった。
「すみません、ちょっと。」
「ええ。どうぞ。」
私は、トイレの前まで移動して、電話に出る。
「もしもし、瑛二さん?」
「瞳子、……大事な話がある。」
「え?」
「婚約を、破棄させてほしい。」
「……え。」
電話の向こうの声が、信じられないことを告げていた。
私の頭の中は、一瞬にして真っ白になる。
「瑛二さん、」
「別れたいわけじゃない。瞳子を、愛していると言った気持ちは、嘘ではないんだ。」
「あ、……そう。」
「だけど、結婚は……もう一度考えさせてほしい。そのためにも、……一度、婚約を破棄したい。」
「……分かった。でも、どうして?」
「不安になった。」
「え?」
「君にとって、俺との結婚は計画のひとつにすぎないんじゃないかと思ってしまった。」
「計画……。」
「俺は、君の計画の中で生きる窮屈さを感じながら、生きるなんて嫌だ。俺には俺の人生があるんだ。」
「……うん。」
「すまない。」
「……わかった。私こそ、ごめん。」
電話を切る。
いつの間にか、手が震えていて、うまくボタンが押せなかった。
「どうしよう。」
小さく口に出す。
そして私は、走ってお店を飛び出した。
「どうしよう、どうしよう。どうしよう……。」
周りの人も、私たちのことを知って喜んでくれていた。
実家の母も、誰よりも喜んでいた。
その人たちを裏切ってしまう。
それが、何よりも苦しい―――
バチが当たったんだ。
私が、掛川さんにときめいたりするから。
神様は、ちゃんと見ていたんだ。
走って、闇の中にぼんやりと浮かぶ、橋の上で立ち止まった。
見下ろすと、夜の川がくらくらとまぶしい。
背後を過ぎてゆく車は、日中に比べたら大分少ない。
ここにこうして立っていても、私のことを咎める人は、誰もいない。
戻って、掛川さんに謝らないと。
そして、普段どうりに振舞わないと。
そう思っても、体が動かない。
私は、橋から下を見つめるばかり。
―――綺麗。
なぜか、闇の中で輝く夜の川に、魅入られたようだった。
「瞳子さん!!!」
急に、呼ばれた。
同時に、強い力で肩を引き寄せられて、そのまま、その人もろともに道路に倒れ込む。
ひんやりとしたアスファルトが頬に当たって、我に返った。
「瞳子さん!死のうとするなんて!」
「死のうとなんて、してないです。」
「だって君、」
「死んだりしないです。」
「そうか。……すまなかったね。」
肩を掴んだ掛川さんの手の力が、ふっと緩む。
私を抱えるようにして道路に倒れ込んだ、掛川さんの温度を感じる。
背中からあったかくなるようなその温もりが、私の心を溶かした。
気付いたら、辺りは真っ暗だった。
夏至を過ぎて、段々日が短くなってきた最近。
6時を過ぎると、もう薄暗くなってくる。
その時、私の鞄の中でスマホが震えているのに気付いた。
そっと確認すると、瑛二さんからだった。
「すみません、ちょっと。」
「ええ。どうぞ。」
私は、トイレの前まで移動して、電話に出る。
「もしもし、瑛二さん?」
「瞳子、……大事な話がある。」
「え?」
「婚約を、破棄させてほしい。」
「……え。」
電話の向こうの声が、信じられないことを告げていた。
私の頭の中は、一瞬にして真っ白になる。
「瑛二さん、」
「別れたいわけじゃない。瞳子を、愛していると言った気持ちは、嘘ではないんだ。」
「あ、……そう。」
「だけど、結婚は……もう一度考えさせてほしい。そのためにも、……一度、婚約を破棄したい。」
「……分かった。でも、どうして?」
「不安になった。」
「え?」
「君にとって、俺との結婚は計画のひとつにすぎないんじゃないかと思ってしまった。」
「計画……。」
「俺は、君の計画の中で生きる窮屈さを感じながら、生きるなんて嫌だ。俺には俺の人生があるんだ。」
「……うん。」
「すまない。」
「……わかった。私こそ、ごめん。」
電話を切る。
いつの間にか、手が震えていて、うまくボタンが押せなかった。
「どうしよう。」
小さく口に出す。
そして私は、走ってお店を飛び出した。
「どうしよう、どうしよう。どうしよう……。」
周りの人も、私たちのことを知って喜んでくれていた。
実家の母も、誰よりも喜んでいた。
その人たちを裏切ってしまう。
それが、何よりも苦しい―――
バチが当たったんだ。
私が、掛川さんにときめいたりするから。
神様は、ちゃんと見ていたんだ。
走って、闇の中にぼんやりと浮かぶ、橋の上で立ち止まった。
見下ろすと、夜の川がくらくらとまぶしい。
背後を過ぎてゆく車は、日中に比べたら大分少ない。
ここにこうして立っていても、私のことを咎める人は、誰もいない。
戻って、掛川さんに謝らないと。
そして、普段どうりに振舞わないと。
そう思っても、体が動かない。
私は、橋から下を見つめるばかり。
―――綺麗。
なぜか、闇の中で輝く夜の川に、魅入られたようだった。
「瞳子さん!!!」
急に、呼ばれた。
同時に、強い力で肩を引き寄せられて、そのまま、その人もろともに道路に倒れ込む。
ひんやりとしたアスファルトが頬に当たって、我に返った。
「瞳子さん!死のうとするなんて!」
「死のうとなんて、してないです。」
「だって君、」
「死んだりしないです。」
「そうか。……すまなかったね。」
肩を掴んだ掛川さんの手の力が、ふっと緩む。
私を抱えるようにして道路に倒れ込んだ、掛川さんの温度を感じる。
背中からあったかくなるようなその温もりが、私の心を溶かした。