世界で一番好きな人
家に帰って、一人の時間を過ごしていた時。
急に、スマホが震えた。
表示を見ると、掛川雪人、となっていて。
「はい。」
「もしもし。」
「掛川さん。」
「……瞳子さん。」
彼のテンポに、うっとりと身を任せる。
私は、恋をしてしまった。
心の底から。
「不思議なことが、あるものですね。」
「え?」
「偶然、と言いましょうか。」
「偶然……。」
「そもそも、私があなたと出会ったのも、全くの偶然だよね。」
「どうしたんですか?急に。」
「いや、何でもないよ。ただ、急に瞳子さんの声が聴きたくなった。」
ストレートな言葉に、思わず頬が熱くなる。
「掛川さんのピアノ、また聴きたい。」
「ピアノ?」
「『別れの曲』を、もう一度。」
「……ふふ。いつかね。」
掛川さんは、こうしていつも私をはぐらかす。
だから、私は彼の何も知らないまま。
何も知らないのに、好きになってしまった。
そんなの、初めてだ。
いつだって私の恋は、相手と結婚できるかが基準だった。
職業、安定した収入、容姿、……。
挙げていけばきりがない。
だけど掛川さんは、すべてにおいて別次元だ。
私と30歳近く年が離れていることだけは確かで。
しかも、多分結婚してる―――
「掛川さんは、どうして私なんかの声が聴きたくなるの?」
気付いたら、そんなことを質問していた。
「さあ、何故でしょうね。」
掛川さんが、はっきりしたことなんて言うわけないと分かっている。
でも、知りたくなってしまう私の悪い癖。
ただ、好きになりたいのに。
どうしても、肩書を貰って安心したい私が、そこにいて。
「いくら私でも、そんなことは言わないよ。……今日は、瞳子さんがとても愛おしくなったから。」
優しい声が、私の耳から全身に、うっとりと響く。
「愛おしいって、どういう気持ち?」
「難しいことを訊くね。」
くつくつと笑う、掛川さんの息が。
私の耳にかかったような気がした。
「愛おしいという気持ちは、その人のことを思うと、思わず口元が緩んでしまうような、そんな気持ちじゃないですか。」
自分で訊いておきながら、その返事に心がくすぐったくなる。
掛川さんが私のことを考えてくれたのなら。
それだけで、とても嬉しい。
「掛川さん、今日ね、素敵な子に出会ったの。」
「素敵な子?」
「薫ちゃんって言うの。」
「薫?」
「薫ちゃんに、初めて会ったときから、私は何故か、その瞳に魅かれてた。……それでね、考えてみたら。似てるの。」
「誰に?」
「……掛川さんに。」
ふふ、と笑い始めた掛川さん。
なかなか止まらない笑い声に、私は戸惑う。
「どうして笑うの?」
「いやあ、びっくりだ。」
「え?」
「それは似てますよ。薫は私の娘ですから。」
その言葉を聞いて、私の思考は一瞬止まった。
えっと、待てよ?
じゃあ……。
「薫がね、帰ってくるなり、瞳子さんと友達になったと言うじゃないか。どちらの瞳子さんかな、と思いつつも、あなたならいいと、そう願っていたんだ。」
つまり、掛川さんは、数年前に奥さんを病気で亡くしている―――
そういうことになる。
「お家まで送ったのですが……、じゃあ、」
「はは、隠していようと思ったのに、こんなに早くバレるとは。」
驚いて声も出せずにいると、掛川さんは言った。
「薫は、随分瞳子さんをお気に入りだよ。もしよかったら、今度うちに来てください。そしたら、ピアノも弾いてあげますよ。」
「本当ですか!」
そっくりの優しい目をした二人と、一緒に過ごす時間を思った。
特殊な状況なのに、なぜだかとても楽しみなんだ。
「まさか、薫と瞳子さんが知り合うとは。」
いつまでも、偶然に浸っている掛川さんに、自然と口元が緩む。
これが、愛おしいという気持ちなら。
私は、掛川さんと薫ちゃんが、愛おしい。
ただ、同時に。
失った奥さんを、私は越えられないだろうな、と思った。
亡くなった人には、勝てない。
でも、それでも。
掛川さんを愛したい。
掛川さんの愛するものを、守りたい。
心から、そう思ったんだ―――
急に、スマホが震えた。
表示を見ると、掛川雪人、となっていて。
「はい。」
「もしもし。」
「掛川さん。」
「……瞳子さん。」
彼のテンポに、うっとりと身を任せる。
私は、恋をしてしまった。
心の底から。
「不思議なことが、あるものですね。」
「え?」
「偶然、と言いましょうか。」
「偶然……。」
「そもそも、私があなたと出会ったのも、全くの偶然だよね。」
「どうしたんですか?急に。」
「いや、何でもないよ。ただ、急に瞳子さんの声が聴きたくなった。」
ストレートな言葉に、思わず頬が熱くなる。
「掛川さんのピアノ、また聴きたい。」
「ピアノ?」
「『別れの曲』を、もう一度。」
「……ふふ。いつかね。」
掛川さんは、こうしていつも私をはぐらかす。
だから、私は彼の何も知らないまま。
何も知らないのに、好きになってしまった。
そんなの、初めてだ。
いつだって私の恋は、相手と結婚できるかが基準だった。
職業、安定した収入、容姿、……。
挙げていけばきりがない。
だけど掛川さんは、すべてにおいて別次元だ。
私と30歳近く年が離れていることだけは確かで。
しかも、多分結婚してる―――
「掛川さんは、どうして私なんかの声が聴きたくなるの?」
気付いたら、そんなことを質問していた。
「さあ、何故でしょうね。」
掛川さんが、はっきりしたことなんて言うわけないと分かっている。
でも、知りたくなってしまう私の悪い癖。
ただ、好きになりたいのに。
どうしても、肩書を貰って安心したい私が、そこにいて。
「いくら私でも、そんなことは言わないよ。……今日は、瞳子さんがとても愛おしくなったから。」
優しい声が、私の耳から全身に、うっとりと響く。
「愛おしいって、どういう気持ち?」
「難しいことを訊くね。」
くつくつと笑う、掛川さんの息が。
私の耳にかかったような気がした。
「愛おしいという気持ちは、その人のことを思うと、思わず口元が緩んでしまうような、そんな気持ちじゃないですか。」
自分で訊いておきながら、その返事に心がくすぐったくなる。
掛川さんが私のことを考えてくれたのなら。
それだけで、とても嬉しい。
「掛川さん、今日ね、素敵な子に出会ったの。」
「素敵な子?」
「薫ちゃんって言うの。」
「薫?」
「薫ちゃんに、初めて会ったときから、私は何故か、その瞳に魅かれてた。……それでね、考えてみたら。似てるの。」
「誰に?」
「……掛川さんに。」
ふふ、と笑い始めた掛川さん。
なかなか止まらない笑い声に、私は戸惑う。
「どうして笑うの?」
「いやあ、びっくりだ。」
「え?」
「それは似てますよ。薫は私の娘ですから。」
その言葉を聞いて、私の思考は一瞬止まった。
えっと、待てよ?
じゃあ……。
「薫がね、帰ってくるなり、瞳子さんと友達になったと言うじゃないか。どちらの瞳子さんかな、と思いつつも、あなたならいいと、そう願っていたんだ。」
つまり、掛川さんは、数年前に奥さんを病気で亡くしている―――
そういうことになる。
「お家まで送ったのですが……、じゃあ、」
「はは、隠していようと思ったのに、こんなに早くバレるとは。」
驚いて声も出せずにいると、掛川さんは言った。
「薫は、随分瞳子さんをお気に入りだよ。もしよかったら、今度うちに来てください。そしたら、ピアノも弾いてあげますよ。」
「本当ですか!」
そっくりの優しい目をした二人と、一緒に過ごす時間を思った。
特殊な状況なのに、なぜだかとても楽しみなんだ。
「まさか、薫と瞳子さんが知り合うとは。」
いつまでも、偶然に浸っている掛川さんに、自然と口元が緩む。
これが、愛おしいという気持ちなら。
私は、掛川さんと薫ちゃんが、愛おしい。
ただ、同時に。
失った奥さんを、私は越えられないだろうな、と思った。
亡くなった人には、勝てない。
でも、それでも。
掛川さんを愛したい。
掛川さんの愛するものを、守りたい。
心から、そう思ったんだ―――