世界で一番好きな人
そこからは、大忙しだった。
私は、掛川さんのマネージャー役を買って出て、大きなホールに掛け合ったり、スポンサーを探したりと奔走した。
私より、掛川さんの方が慣れているのだけれど、やっぱり一人では荷が重いみたいで。

それに、再び舞台に立つことを勧めたのは、私なのだから。


掛川さんは、5年ぶりのステージに向けて、まず演奏のプログラムを練った。
新しい曲も組み込むそうで、また一から練習をし始める。
すごく大変なのが伝わってくるけれど、掛川さんはいつになく生き生きしていた。

分かるんだ。
だって、目が輝いている。
一気に十歳くらい若返ったんじゃないかというくらい。

掛川さんは、また舞台に立ちたいのではないか、という私の確信は、確かに正しかったのだと思う。



「瞳子さん、こんな感じのプログラムにしようと思うんだけど。」


「分かりました。じゃあ、ポスターとパンフレットを、デザイン会社に頼みましょう。あ、掛川さんの写真ってありますか?」


「ああ、写真ならたくさんありますよ。」



そう言われてはっとした。

そうだ。
写真なら、たくさんあるはずだ。

だって―――



「もしかして、掛川さん。」


「はい?」


「嘘だったんですか?」



笑いそうになるのを我慢して、掛川さんを見つめる。



「何のことですか?」


「写真です。遺影なはずありませんよね。」


「あ……、瞳子さんに、そんなことを言いましたっけ。」


「ええ。確かに聴きました!」


「はは、そうですね。あれは、咄嗟についた嘘です。」



それなら掛川さんは、やっぱりずっとこの時を待っていたんだ。
もう二度と表舞台に立つことはないと、そう決めながらも。
掛川さんの心の奥では、こうしてまた舞台に立ちたかった。

その思いが、写真を撮るという行為につながっていた。
その行為が、私と掛川さんを出会わせた―――


神様に仕組まれたみたいな、運命に胸が熱くなる。



「この写真がいいと思います。」



それは、私が掛川さんに初めて「出会った」写真。
その声を聴いたり、話したりする前に。
あなたに出会ったのは、この写真の中だった。



「瞳子さんがいいというなら、それにしましょう。」



この写真の中の掛川さんは、とても切ない顔だ。
どこか哀愁の漂う、それでいて、大人の魅力が伝わってくるような写真。

掛川さんの、活動休止していた五年間が、凝縮されたような写真だと思う。



「絶対に、いい復帰コンサートにしましょうね。」


「ええ。」



掛川さんは笑って、また譜面台に楽譜を立てた。

私はとても満ち足りた気分で、そんな掛川さんを見ていた―――
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