世界で一番好きな人
そして、ついにやってきたコンサート当日。
コンサートは午後からだけれど、リハーサルのため掛川さんはすでに出掛けた。
私は、高めのワンピースを着て、そわそわと歩き回る。
薫ちゃんも、掛川さんに買ってもらった可愛いワンピースを着ている。



「どうしよう。私の方が緊張してきちゃった。」


「瞳子さんが緊張してるの?」



くすっ、と笑う薫ちゃんに、私の心は和む。



「大丈夫だよ。雪人さんは、絶対大丈夫。」


「そうだよね。ピアニストだもんね。」



今日の会場は、日本でも有数の大きなホールだ。
座席数は、2006席。
宣伝活動なんてしなくても、元々すごく有名だった掛川さんのコンサートのチケットは、あっという間に完売した。
改めて、とんでもない人を好きになったんだな、と思う。

大きなパイプオルガンがあることで有名なそのホールは、並大抵の演奏家では借りられない。
だけど、掛川さんの名前を出した瞬間に、すでに決まっていたスケジュールの見直しまでして、この日にコンサートを入れてくれた。

それが、掛川さんなんだ。
それが、私が好きになった人なんだ。



「そろそろ、行こっか。」


「うん。」



薫ちゃんの手を取ろうとかがんだときだった。

私の手は、薫ちゃんの手をかすめて。

あれ……。

世界がぐるぐると回っている。

行かなくちゃいけないのに。
今から、大事なコンサートなのに。
一番いい席のチケットが、この鞄の中に入っているのに―――



「瞳子さん!」



床に崩れ落ちた私は、体に力が入らなくて。
一生懸命起き上がろうとしたのに、どうしても起きられなくて。



「瞳子さん!!」



必死に私の名を呼ぶ、薫ちゃんの声を聞きながら。
私は、すーっと薄れる意識に抗おうとし続けて。



でも。



どうすることもできずに、私は意識を手放した―――
< 35 / 39 >

この作品をシェア

pagetop