世界で一番好きな人
式場は、思っていたよりもとても広かった。

父親のいない私は、オープニングもバージンロードを瑛二さんと一緒に歩くことになっている。



「綺麗な式場。」


「そうだね。」



瑛二さんと、並んでバージンロードを歩く。

複雑な想いもある。
でも、私は来月結婚する。
それは、決まったこと。

一歩ずつ歩くうちに、一人では叶えられない将来の夢が浮かんでは消えた。

平凡で幸せな家庭。
子どもがいて、賑やかで。
こじんまりした一戸建て。
明るいキッチン。
私の作るごはんを、おいしいと言って食べてくれる人。
授業参観に行くこと。
夏休みには、家族で海に行く。
子どもの成長を見守る日々。
そして、穏やかな老後。

そのほとんどが、一人では叶えられない夢。

私は母子家庭だったから。
家族で海に行ったことすらなかった。
だからこそ。

幸せになりたかった。
喉から手が出るほど、安定が欲しかった。

だから今まで、恋なんてそっちのけで、やっと県庁に就職した。
そして、今。
県庁職員の彼と、結婚しようとしている。
それが私の幸せだと、信じて疑わなかったから―――



「私ね、29歳までに子どもを二人産みたいの。そして、育児休暇を取って、3歳までは自分の手で育てる。それからは、仕事に復帰して、……瑛二さん?」



気付いたら、私の"計画"を瑛二さんに話して聞かせていた。

瑛二さんは、何も言わなかった。

何も言わずに立ち止まっていた。



「瑛二さん、」


「……ん?」



明らかに硬い表情を、無理矢理崩すようにして彼が私を見た。
その顔に、私の心が急に寒くなる。

私の言葉は、果たして彼まで届いたのだろうか。
空中で、泡のように消えてしまったのではないのか―――


やっと式場の、神父さんが立つ場所まで辿り着く。
とてもとても、長いバージンロードだった。



「瞳子……愛してる。」


「瑛二さん、私も、」



彼は最後まで言わせてくれなかった。
ただ、私の頬に手を添えると、触れるだけのキスをした。



「……下見は、これでいいね。」


「はい。」



それからずっと目を合わせようとしない彼に、私は微かな不安を抱いた。
この気持ちも、マリッジブルーという言葉で片付けてしまえるのなら、どんなにいいだろう。

とにかく早く式の日が来てほしい、そう願わずにはいられなかったんだ。
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