あまのじゃくな彼女【完】
一息ついて額の汗をぬぐっていると宏兄が道場へと降りてきた。
「おい、お前一体何時からやってんだよ」
「あ、おはよう」
宏兄が呆れるように言った。無理もない、普段の朝稽古の時間より1時間も早く始めていたのだ。宏兄が来る頃にはほとんどメニューをこなしていた。
「目ぇ覚めちゃって、へへ」
「ばあさんか、お前は」
パンパンっと大きく手を叩き神棚への挨拶を済ませ、くるり踵を返した宏兄は真面目な顔をしていた。
「芽衣子、大丈夫か?」
「えぇー何よ、私まだ26だよ。おばあちゃんにはまだ早いでしょ」
ふざけたように返したけど、宏兄の表情は全く動じない。剣道の指導をしている時とはまた違う「兄」の顔だ。
「何かあったろ、お前。お前が剣道に逃げる時は大抵ロクな事がなかった時だ」
〝逃げる” と言われてムッとしたのが自分でもわかる。剣道をそんな風に思ったことはないし、ただ単に私は剣道が、道場が好きなだけだ。
「別になんもないよ。宏兄の勘違いじゃないの」
「嘘つけ。お前さっきすごい泣きそうな顔して素振りしてたぞ」
宏兄の言葉にぐっと唇を噛みしめる。
自分で見たわけじゃない。ただ、何も考えないで良いように、考えられないように必死で竹刀を振っていたから。見透かされていたようで悔しくなる。
不機嫌さを隠せないまま視線をそらし、遠くの床を見やった。