イージーラブじゃ愛せない
だから、嬉しすぎて照れてしまった顔を隠すように口元を覆った俺は
「まだ時間早いし、晩飯食ってからもっかい俺んち来るよね?」
そんな気の逸った約束を胡桃に問い掛けてしまった。
だってだって。今日はまだキスしかしてないし。こんないい気分なんだから盛り上がっちゃうこと間違い無いし。
胡桃も同じ気持ちだと、思ったんだけど。
「ううん。帰るわ。疲れちゃった。幕張駅でバイバイって事で」
『ええっ!?ウソ!?』って、叫びそうになった口を慌てて必死に噤んだ。
大きな声を出しそうになる衝動を、混み合った車内を見渡しゴクンと飲み込む。
「……なんで?」
ものすごく頑張って静かに聞いた俺に、胡桃はこちらを見ないまま
「ごめん、ひとりになりたい。あ、悪いけどDVD明日お店に持ってきてもらえる?」
淡々とそう告げた。
夜の空が見える電車の窓ガラスには、呆然としてる俺と何の表情も浮かべていない胡桃が映っている。
――近付いて、離れて、近付いて。そしてもっと離れて。
俺達の関係って振り子みたいだなって思う。もっとも、俺の方は離れずにずっとそこに居続けてるんだけど。
ずっと一緒にいたのに、最後の最後で俺の方を向かない胡桃の心はどこを向いてるんだろう。
窓の外を何の表情も浮かべず眺めている胡桃の横顔を見ながら、俺は願う。いつかその心が全部明け透けに俺へと向く事を。