黄昏の特等席
 ここでふと、考える。彼を怒ったらいつものように彼に宥められたりするので、冷静になることにした。

「私はそんな名前じゃないの」
「だったらこう呼んでほしいんだ?」

 まるで内緒話でもするように肩に手を置いて、耳元に顔を近づける。

「『グレイス』って」
「っ!」

 顔を赤く染めるグレイスに、冷静になろうとしても駄目だと、エメラルドは笑いながら言った。

「ふふっ・・・・・・」
「楽しそうね」

 こっちはちょっと悔しく思っているのに、彼は楽しそうにしている。

「そうだな」
「一人で楽しんで・・・・・・」
「やっぱり本当の名前がいいんだなと思ってな・・・・・・」

 名前を呼ばれるなんて、何年ぶりなのだろう。
 自分の名前を隠して、アクアマリンを演じ続けてきた。
 今まで誰にも本当の名前を教えなかったのに、目の前にいる男にだけは嘘を通すことがどうしてもできなかった。

「君と一緒にいると楽しいな。本当に」
「もう・・・・・・」

 エメラルドはいつも意地悪なことばかりしてくる。
 それだけで終わることなく、優しく触れてくるので、惑わされてしまいそうになる。
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