黄昏の特等席
 本当は知りたいことがあるものの、知る権利なんてないので、グレイスは口を噤んだ。

「こんなところで眠ろうとしていた?」
「ちょっと座っていただけ」

 せめてソファに身を預けるように言われ、そのままグレイスを連れて行こうとする。そのとき微かな香りがしたので、足が止まった。

「どうした?」
「あの・・・・・・」

 ここでエメラルドを怒ってどうするのか。
 自分の瞳が細くなっていて、明らかに不愉快な顔になっている。

「えっと・・・・・・」
「何か言ってくれないか?」

 訝しげに見てくるエメラルドから視線を外し、何を言おうか言葉を見つけ出そうとする。

「・・・・・・ちょっと歩き疲れただけだよ」

 本当はこんなことを言いたいのではないが、それ以外に言うことが思いつかなかった。

「足が痛むか?」
「そんなに痛くない・・・・・・あっ!」

 エメラルドにプレゼントするために買った黒い万年筆を部屋に置いて来てしまった。そのことを思い出して、グレイスは小さな声を漏らした。
 
「何だ?」
「な、何でもなーー」

 前に進もうとしたとき、椅子に足を引っかけ、そのまま机に頭をぶつけてしまいそうになったところ、エメラルドがグレイスを支えてくれたおかげで、そうならずに済んだ。
 
「ありがと・・・・・・」
「危ないだろう。違う方向を見ていたら」
「・・・・・・はい」
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