黄昏の特等席
 頭を打たなかったことので安堵して、グレイスはエメラルドから徐々に離れる。

「もう少しくらいしがみついてくれて良かったのに・・・・・・」
「ううん」

 もう大丈夫なことを言ってから、エメラルドはグレイスのことを知りたがった。

「ところで、君はどこへ行っていたんだ?」
「あちこちだよ」

 ジュースを売っている店や飲食店、果物屋など、歩き回ったことを教えた。

「何も買わなかったのか?」
「う、うん・・・・・・」

 自分のものは何も買わなかったことを心の中で呟いた。

「高かったからか?」
「ううん、そうじゃないの」

 ただ人が多くてゆっくりと時間を過ごすことができなかったので、何も買わずに見るだけになった。

「今度は私も一緒に行こう。女性の一人歩きは危険だからな」
「女性ね・・・・・・」

 彼の口から出た言葉をグレイスが小さな声で言った。

「あのさ・・・・・・」
「何だ?」
「・・・・・・ずっと屋敷にいたの?」

 溜息を我慢しながら答えを待っていると、彼は頷いてご丁寧に一人でいなかったことまで言った。
 会話を続けるのなら、誰と一緒にいたのか知ろうとしても違和感はないが、そんなことをしたら、自分を追いつめる形となってしまう。

「そうなんだ・・・・・・」

 この話はこれで終了すればいい。何も考えず、いつものように彼と時間を過ごせばいい。
 グレイスは胸中でそうやって何度も自分に言い聞かせた。
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