黄昏の特等席
 このままじっとしていても何も始まらないので、彼女には上の者にこのことを伝えるように指示をした。
 彼女の背中を見送ってから、グレイスは下に続く階段を見下ろし、一歩ずつ静かに進む。
 今まで一度も地下へ行ったことがなかった。何年前のことだろうか。まだ屋敷の構造に慣れていなくて、偶然地下に繋がるドアを開けようとしたことがあった。
 しかし、その先に続く階段を一瞬だけ見た瞬間にドアを閉められた。ドアノブに触れているグレイスの手の上に自分より大きな手が覆い被さっている。
 自分の背後にいるのが主だとわかると、自然と手の力が抜けた。地下へ行っても面白いものは何もない、もっと面白いものが他の場所にあることを話しながら、彼は手を引いてそこから遠ざけた。
 音は足を前に踏み出す度に徐々に大きくなっているように感じる。最後の一段を蹴って正面を見ると、一方通行に長い廊下があり、誰もいなかった。
 音が続いているところまで歩くと、また新たなドアがある。その先に何があるのか、どんな部屋なのか全くわからないので、グレイスは息を潜めて中に入り、そっとドアを閉めた。
 奥へ進むと人影が揺れたので、ふと足を止めると、その影がだんだん大きくなっていく。

「あなた!」
「あ!」
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