黄昏の特等席
 しかし、彼が深く被っているシルクハットのつばを指で挟んでいるので、腕が邪魔をして彼の顔が見えない。

「普段はそんなもの被らないくせに・・・・・・」

 ヴァネッサが言ったことに対し、引っかかるものを感じた。
 主に視線を戻すと、彼はグレイスの視線に気づき、被っていたシルクハットを彼の近くにいる使用人に渡した。

「ご機嫌よう。お嬢さん」
「っ!!」

 声は主に間違いないが、姿や香りはエメラルドだった。
 グレイスは目の前にいる男が信じられず、驚きで目を見開き、その場で倒れそうになった。

「どうして・・・・・・」

 ブライスがグレイスに近づき、全身を震わせているグレイスの怯える顔を覗き込む。

「アクアマリン」

 グレイスが顔を上げると、ヴァネッサはその名前は偽名だと言った。

「違うわ。彼女はアクアマリンじゃないわ」
「わざわざ偽名を名乗り、屋敷に侵入するなんて・・・・・・」

 本当の名前を教えるように彼に言われても、グレイスは決して自分の名前を言わなかった。直接本人に言ったのだから、改めて名乗る必要なんてない。

「名乗る気がないようだな・・・・・・」
「ずっと・・・・・・」

 喉の奥に引っかかり、掠れる声しか出ない。
 それでも聞こえるように声を絞り出そうとすると、ブライスは耳を傾けている。

「ずっと、騙していたの?」

 怒りや悲しみを含んだ絶望をぶつけると、彼は不愉快そうに顔を歪める。

「何か言って・・・・・・」
「何を言っているんだ?」
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