黄昏の特等席
「・・・・・・エメラルド」
「もう一回呼んで」

 人差し指をまっすぐに伸ばして頼んでくるエメラルドを見て、グレイスは顔を隠したくなった。
 まるで彼に操られたように、さっきより大きな声で名前を呼ぶ。

「エメラルド!」
「はい。アクア」

 嬉しそうににっこりと笑みを浮かべるエメラルドに見惚れた。
 名前を呼ばれて満足したエメラルドはグレイスを通り過ぎて、ドアノブに手をかける。

「そろそろ行かないとな」
「あ、ありがとう」

 彼はグレイスの世話をすることが好きなので、楽しんでやっている。

「どういたしまして」

 ドアを開けて一歩前に出てから、彼が振り向いた。

「それと・・・・・・」
「何?」
「あんまり私を焦らさないでくれ」

 グレイスが首を傾げると、彼は名前を呼ばないことを言った。

「焦らしているつもりなんて・・・・・・」

 否定しようとするグレイスの言葉を、エメラルドが遮る。

「もし・・・・・・」

 グレイスはエメラルドが話してきたので、口を閉じた。

「また全然名前を呼ばなくなったら・・・・・・」
「何・・・・・・?」

 考えなくて良いことを考えているに違いない。グレイスが僅かに後ろに下がってから、エメラルドは続ける。

「もっと呼びやすいところで呼ばせることにしよう」
「うっ・・・・・・」

 エメラルドの口調から、冗談で言っているようには聞こえない。

「わかった?」
「よくわかった。忘れないようにする」
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