黄昏の特等席
ドアの向こう
「何かしてほしいことはある？　欲しいものはない？」

　何度も繰り返されるクルエルの質問にうんざりしつつ、それを隠しながら何もないことを伝える。
　聞いたクルエルはつまらなそうな顔で、グレイスを見下ろす。してほしいことがあれば伝えることを言うと、彼は小さく笑って、部屋から出て行った。

「帰りたい・・・・・・」

　帰る場所があるのに、クルエルに世話になってから、帰ることができずにいる。何度家に帰りたいことを訴えても、彼は決してそれを許してはくれなかった。
　深い溜息を吐いて、部屋全体を見た。もともとこの部屋は空き部屋だったらしく、何も置いていない状態だった。
　グレイスが来てから、ドレスや装飾品など、何もかもクルエルが与えたもので部屋が大きく変わった。
　どれもクルエルが選んだものばかりで、グレイスが強請ったものはない。グレイスが何を望んでいるのか知っているのに、それを埋めるように買い続けている。

「いつになったら、帰ることができるのかな？」

　誰にも届かない声で、そっと呟いた。
　その頃、ミルドレッドは二人のメイド達が話している会話の内容を聞いて、驚きを隠すことができなかった。

「クルエル様、随分お嬢様にご執心ね」
「そうよね。あの話、嘘ではないかもしれないわね・・・・・・」
< 72 / 194 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop