黄昏の特等席
 急いでいこうとする娘の肩を、母は優しく叩いた。

「大丈夫よ」
「そんなこと・・・・・・あっ!」
「危ない!」

 母の手を握ろうとしたとき、強風が吹いて、グレイスは倒れそうになった。
 慌ててクルエルが支えるために手を伸ばしたものの、母が先にグレイスを助けていた。

「ありがとう!」

 それは母ではなく、クルエルに向けた感謝の言葉だった。

「誰に言っているの?」
「あれ?」

 グレイスは頭を左右にゆっくりと振っている。

「誰かいるの?」
「さっきまで、男の人がいたのに・・・・・・」

 娘が視線を向ける方向を母も同じように見るが、そこに男の人はもういなかった。母と同じように彼も助けてくれたことを話してから、二人はホットドッグの屋台へ行った。
 二人の姿が完全に見えなくなってから、隠れていたクルエルはようやく姿を現して、そっと息を吐いた。
 彼女のことを何も知らないのに、自分の存在に気づき、礼を言ったグレイスにクルエルは完全に心を奪われた。
 そのときからずっとクルエルは少女のことを考えるようになり、それが『恋』であることに気づいたのはもっと後のことだった。
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