六本木グラスホッパー
「やめろ、松谷。」


もう一人男が現れて、チンピラの肩を掴んだ。
背の高い男で、黒いスーツの上に薄手の白いロングコートを羽織っていた。切れ長の細い目の下に傷がある。松谷というこの若いチンピラよりは格上のマフィアだということは一目で分かった。



物静かそうだけれど、内側からにじみ出る雰囲気からは威圧感を感じた。


「倉木の兄貴」



松谷は手を引っ込めて、小さく頭を下げた。


倉木と呼ばれたマフィアは、膝を少し折り曲げて身を屈めると、目線をボクらと同じ高さにして、「うちの若いもんがすまないね」と静かな声で謝った。アラタは訝しげな表情で倉木と松谷を交互に見た。



「それで、うちのお嬢を君たちはどこで見かけたんだ?」



「五番街の闇市だよ。一瞬だけしか見てないけど、たしかに唯浜メイだったと思う」



ボクが答える。倉木と松谷は一瞬眉をひそめて顔を見合わせた。



「闇市だって?」


「なんだって、そんな物騒なところに」


「アイツ、一人でいたぜ。なんだか分からねえけど、急ぎ足だった」


アラタが腕組みをしながら、不機嫌そうに松谷を見上げて言う。


ボクは昨日の唯浜メイの姿を思い出した。たしかに、彼女は急いでいるようだった。買い物目当てに闇市にいたようには見えなかった。



「五番街か。白岩組の根城があるな」


ぼそっと倉木が呟く。


「あいつら!許せえ。調子に乗りやがって・・・!オレ、今から白岩んとこに殴り込み行きます」



松谷は顔をカッと赤くさせ、その細い目を見開いて怒鳴った。
今にも走り出していってしまいそうな勢いの松谷を、倉木が制止する。



「待て。白岩がお嬢を誘拐したって確証はねえんだ。まずは帰ってボスに報告するぞ」



冷静沈着な面持ちで言う倉木の言葉には、冷たい、刺すような、底知れない重みがあった。松谷は肩をすくめ、充分な納得の上での同意ではなさそうだったけれど、頷いた。
< 13 / 18 >

この作品をシェア

pagetop