六本木グラスホッパー
「君たち、すまなかったね。助かったよ。また何かあったら教えてくれ」
倉木はそう言って、ボクとアラタに一枚ずつ名刺をくれた。
唯浜会のシンボルである双頭の竜のマークが入った、堅気の人間ならば決して所持しそうにない名刺だった。
倉木リュウ。
その下に携帯電話のナンバーが書いてある。
ボクとアラタはそれをポケットにしまった。
倉木と松谷、二人のマフィアは、近くに停めてあった黒い高級車に乗り込み、去っていった。
「白岩組っていったらあれだな。唯浜会と並ぶ、煙町のマフィア二大勢力だ」
いつもの丘の上の公園に来て、ジャングルジムに登る。
アラタは途中で買ったパインサイダーのふたを口で開けてから、そう言った。ボクも白岩組の名前なら聞いたことがある。この街で有名なマフィア、という事くらいしか知らないけれど。
「唯浜メイは、白岩組に誘拐されたのかな?」
「ありえない話じゃないな。ここ何年も唯浜と白岩の間じゃ抗争が続いてる」
そう言ったあとで、アラタは黙り込んだ。神妙な面持ちで、しかし遠くの大煙突を睨みながら、何かを考えているようだった。アラタのそうゆう表情は珍しかった。
しばらくして、アラタは勢いよくジャングルジムから飛び降りると「行くぞ」、そう一言ボクに向かって言った。
「行くってどこに?」
「探しに行くんだ」
「探しに?」
「唯浜メイだよ。オレたちも探そう」
ボクは驚いて、ジャングルジムから落ちそうになってしまった。
アラタは今なんて言ったんだ?
「本気?」
「ああ。実はオレ、前に一回だけアイツと喋った事があるんだ」
初耳だ。唯浜メイが誰かと会話をするなんて。
その相手がアラタとは。
「アイツの母ちゃんってさ、アイツが小さい頃に死んだらしいんだ。まだアイツの母ちゃんが生きてた頃にさ、うちで買った魚を夕食に出してくれたんだとよ。まだ魚が今よりはマシな味だったころだ。
アイツ、オレに言ったんだ。
“あの時食べた鰤は美味しかった。”
ってよ」