六本木グラスホッパー
大煙突。


煙町の住人はみんなあの巨大な建造物のことをそう呼ぶ。
正式な名称をボクは知らない。


大煙突の周りには、小さな煙突(大煙突に比べると小さいという意味で、普通の煙突に比べれば幾分か大きいと思う)が七本、囲むように規則正しく円形に並んでいる。
計八本の煙突が、絶え間なく煙を吐き出し続けている。灰色の煙が昇り、空を埋めていく。



その光景を見ても、最近では不気味と思わなくなってきた。幼い頃は、あの灰色の空が恐かった。生まれた頃から空は灰色だと言うのに、ボクはあの空が嫌いだった。



なにか禍々しく、不気味で、あの煙に覆われた空から巨大な悪魔の手が突き出してきて、人間を引きずりこんでいくんじゃないかという妄想に駆られ、ボクは夜中によく泣いた。


「今日もよく働くな、あの馬鹿煙突は。この街で一番の働き者は間違いなくアイツだろうよ」


アラタはジャングルジムのてっぺんに立って腕組みをし、大煙突を睨んだ。少しだけ強い風が、彼の固い髪の毛を撫でていった。


アラタは大煙突が嫌いだった。
ボクもあの巨大な建造物を好きにはなれなかったけれど、アラタほどではないと思う。この街でつらい生活と労働の元に置かれている住人のほとんどは、大煙突のことが嫌いだ。


水の濁りも、土の汚れも、労働条件の悪化も、飢えも、寒さも、全部あの煙を吐き出す大煙突のせいにしたいんだ。


大煙突を見るときのアラタの目つきは、いつもナイフのように鋭かった。


「今日は風が少し強いね」


「鳥が高く飛んでない。もしかしたら一雨くるかもな」


「闇市に行ってみようよ。こんな日は面白いことがあるかもしれない。」


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