梅酒で乾杯
 電話を終えると何もなかったように部屋の中に戻ってくる。


「……仕事の電話?」

「うん。会議資料を新人で作ってみろって、結構スパルタ的にやらされてるから」

「大変?」

「大丈夫」


何も心配するなよ、と笑う。
あたしにも話してみて、とは言えない。聞いて理解する自信も無ければ、彼を慰める術もあたしはもたない。


「そういや、教習所はどうだ?」

「あー、最近雨で行ってない」

「感覚が鈍るから、できるだけ続けていったほうがいいぞ」

「うん。じゃあ頑張る」


あたしにできることは、彼の励ましを無駄にしないことくらい。


「……今日は帰るな」


食事を終え、のろのろと亘が立ち上がる。


「もう?」

「ああ、明日早くて。……ごめんな」


柔らかく唇を潤すキスは今までと変わらず温かい。今までなら、そこからお腹の辺りが疼いてズルズル始まる触れ合いも、彼の疲れに敵わなくなってしまった。

立ち上がった亘に鞄を渡そうと持ち上げると、それはずっしりと重たかった。


「重たい」

「ああ。昔の資料とかも入れてるから」

「大変だね」

「仕方ないよ」


社会人として、亘はきちんと変化を受け入れられる。あたしのように立ち止まったりはしない。


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