恋愛遭難★恋は水もの〜パツンと教訓!〜
「山田」
「はい……」
「スカートの裾、ほつれてる」
見ると、確かにスカートの裾から糸が垂れていた。
「あ〜、少しですから……こうやれば……」ほつれ出た糸を掴んで引っ張り手で切ろうとした。
ところが切っても、もっと長くなった糸が垂れ下がってしまった。
「バカ。それでも女か。裁縫セットは?」
「は?」
「女なら普通、小型の裁縫セットくらい持ってるだろ」
「持ってませんよ。わざわざ会社に持ってきませんよ。運動部のマネージャーじゃあるまいし」
鼻で笑う私を無視して、ブリーフケースを開ける課長。
ーーーまさか?!
そのまさかが、的中していた。課長がブリーフケースから出してきたのは、まさしく小型の裁縫セット。
小さいハサミを取り出して、私の前にしゃがんだ。
「動くなよ。少しめくるぞ」
反論する間もなく、課長が私のスカートの裾を少しめくり、ハサミでほつれ糸を切る。
「玉止めしとく。あと、ほつれたのは幸い裏地だから……」
テキパキと職人みたいに作業する課長。
「裏地のほつれたところは、安全ピンで裏から留めたからな」
立ち上がり、ブリーフケースに裁縫セットをしまう課長がエレベーター上部に表示された数字を見上げた。
チン……
エレベーターが一階へ着いた。時間にしてものの数分。
私は、エレベーターを降りる課長の背中を見ながらお礼を言うのも忘れていた。
ーーーやだ、男なのに裁縫セットなんて持ち歩いてんの? 裁縫王子とか呼ばれたいわけ?
恩知らずな私は、裁縫王子の課長を眉間に皺を寄せて見た。
ーーー課長らしいか。細かいからな〜。なんか…キモくない?
私の考え方に問題があるのかは知らないが、自分が裁縫不得意のものぐさ女な為に自分とは全く違う生き物の課長を完全にケッタイな生き物だと感じていた。