彼女いない歴が年齢の俺がもうすぐパパになるらしい。
----- 人生最大の分岐点? -----



「赤ちゃんが出来ました」



まだ独身の女の子にとって、きっとそれは人生最大級の告白だろう。

けれどパジャマ姿でベッドに横たわる彼女は、自分の一大事にまるで他人事のような冷めた顔をしていた。



化粧をしていない顔はいつもより幼く見えるけれど、髪の毛がすっきりと切り揃えられて短くなっている以外、先月会ったときとなんら変わっていないように見える。

盗み見るようにゆったりとしたパジャマ越しに彼女の体を見てみても、当然まだそのお腹は大きくふくらんでいるわけもなく先月見たときのまま何も変わっていない。





彼女が緊張しきっていた俺の目の前に、あの下腹をさらしたのはついこの間のことだ。

初めて見る生身の女の子の体に食い入るような目をしてしまった俺に、彼女はとても恥ずかしそうに『そんなに見ないで』と言いながら両手でちょっとだけぽっこりした下っ腹を隠していた。


彼女の指の隙間から見えた、あのかわいらしいお腹。



あの奥に、今はちいさな生き物が宿っている。



その事実をうまく飲み込めずにいると、彼女はいっそう冷めた口調で言い放った。



「この子、君の子だから」



言われた瞬間、力の抜けた指先からするりとコンビ二の袋が落ちて音を立てた。





「他人事」のような気分でいたのは、他でもない、俺の方だったのだ。





『具合が悪い』という彼女のために買ってきた、ゼリーと解熱シートと栄養剤。思いやりというよりとりあえずこういうもの持って行けばいいんだろうとやっつけで用意したものだ。

『気分が優れない』と連絡してきた彼女に、風邪だろうと安易に結論付けていたのだ。



彼氏でもない男に滅多なことで助けを求めたりしない彼女が俺を呼んだ時点で、何か特別な事情があることを俺はいくらか考えておく必要があったのに。



今更ながら自分の間抜けさに狼狽する。



そんな俺の動揺も見抜いているのだろう彼女は、責めるでもなくただ俺の出方を伺うようにじっと見詰めてくる。


静けさの満ちたその目に気付かされる。



目の前にいる彼女と同様、俺は自分が今人生最大選択を迫られているのだと。



泣きもうろたえもせずただまっすぐに見詰めてくる彼女の潔いまなざしをみて、馬鹿な俺は漸く気付くのだった。





< 1 / 18 >

この作品をシェア

pagetop