彼女いない歴が年齢の俺がもうすぐパパになるらしい。
「橘平くん、このヘアスタイルはね、オフのときは何もつけないか、ワックスで根元ふわっと立たせる感じにすると爽やかかも。仕事のときはこうやって、毛先落ち着かせるように整えるときりっとした出来る男風になるよ?」
そういって航希が、鏡越しに俺と目を合わせながら、ワックスの馴染んだ大きな手で俺の髪を整えていく。
「うっし。完璧。ど?いい仕事するなぁ、俺。見てよこの超いい男」
仕上がると、航希がそういって冷やかしてくる。
鏡に映っているのは見慣れた自分の顔。
父親がイタリア人と日本人のハーフのため、俺の顔はベースは東洋人でありながら鼻梁は少しアンバランスなくらい高く、鬱陶しいくらい長い睫毛も目の上も下も縁取りしたようにびっしり生えてる。
父親は息子の俺から見てもちょっと下がった目尻と後退しかかった額すらもちょっとセクシーで、いまだに母親以外のご婦人にも愛想を振りまいてる陽気なイタリア男らしい色男だけど。
自分の顔は自分で見てもいい男かどうかは分からない。
女の子にモテそうかどうかという基準だけで言うなら、すこしヤンチャな雰囲気はあっても人懐っこい笑顔がよく似合う航希の方が親しみやすいし、話も上手いし、圧倒的に女ウケよさそうだし実際いい。
この店にも航希のファンを自称する固定客がたくさんいることも知ってる。
本人もそれをよく理解してて、より多くの女の子たちからちやほやされる上手い立ち回り方を心得てるから、航希はファンはもちろん、恋人やセフレが途切れたことがない。
そんなことを思いながら再び自分の顔を見る。
何度見ても自分の市場価値っていうものは自分ではよく分からない。日本人にしては濃い顔だし、イタリア人を名乗るには薄すぎる。なにもかも中途半端。
だけど航希にきちんと髪を手入れしてもらったときだけは、有難いことに冴えない自分がいつもいくらかましになったように見えた。