彼女いない歴が年齢の俺がもうすぐパパになるらしい。
「ありがとな、航希。いくら払えばいい?」
「いいって、橘平くんから金なんか取れねぇーし」
そういって拒まれるけど、航希はそれなりに売れっ子の美容師だし。いくらたまたまキャンセルが出た空き時間に「おいで」と誘ったのが航希だったとしても、いい社会人の男がプロの技術を奢ってもらう訳にはいかない。
「これくらいでいい?」
店の料金表を盗み見て財布から金を出そうとすると。
「いいって。おばさんとこからまた俺ンとこにも親ンとこにも米送ってもらったし。その他いろいろインスタント食品の詰め合わせとか、いつも感謝してっから。……それよりさ、さっきの話だけど。やっちゃったな、橘平くん。自分でその南さん?だかに恋愛フラグ突き立てちゃったねぇ」
そういって航希が意地悪くにやにや笑い出す。
「恋愛フラグって……?」
「公私混同したくないから社内恋愛お断りっての、『君にマジ惚れしちゃいそうだから、困ってます』って暴露してるようなモンよ?」
「は。や、俺南のことそういう目で見てないし……」
否定する声が思わず裏返るくらい動揺した。
美人で美脚な南は目にたのしいタイプであって、俺が傍に置きたいと思うようなタイプのコじゃない。あんな男落とすことに執念燃やしそうなタイプをけしかけるなんて、そんなこと俺がするはずもない。
「んー。でも俺がその南チャンなら、橘平くんに駆け引きされてると思って今頃すげ燃え上がってると思うね。そのうち絶対エロいガーター付きの勝負下着仕込んで、挑んでくるよ。俺賭けてもいいわ」
そういって自称恋愛マスターは、まるでその男と女の勝負に挑まれるのが自分であるかのようにうれしげにニヤニヤ笑い出す。
「………航希おまえ。はめやがったな……」
航希は年下だけど恋愛経験が豊富で、頼りにしているけれど。
ときどき親切な助言の裏にヤンチャな顔を潜ませて、こういう面倒くさい罠を仕掛けてくる。航希の言葉を鵜呑みにして、そのまま引用した俺が馬鹿といえば馬鹿だけど。
狩りモードの顔して高級ランジェリーに身を包んだ南を想像すると、正直興奮よりも寒気を感じる。
いっそ恐怖だと言ってもいい。