赤い電車のあなたへ
はっと振り向くと、不機嫌なままの夏樹がお盆を手に部屋に入ってきた。
ドカドカと乱暴な足取りでわたしの前に来ると、指で床を指し示す。
「座れよ」
「あ、うん」
従わないわけにはいかない。
夏樹はちゃんと先んじて宣言したのに、わたしは自ら望んで残ったんだから。
夏樹はどっかりと腰を下ろすと、グラスに麦茶を注いでわたしに差し出した。
「ありがとう……」
わたしは両手でグラスを受け取り、ひんやりした感触をすこし楽しんでから口をつける。麦茶独特の香ばしさが口いっぱいに広がって、気分が落ち着いた。
わたしが飲み終わるタイミングを見計らったのか、グラスを空にした途端に夏樹が本題を切り出した。
「鞠、なんで部屋に残った? 俺はもう遠慮しない、って言ったよな? 覚悟は出来てるってことか?」
「…………」
何の覚悟と取ればいいのかわからないけれど。少なくとも、朝露で手に入れたものを失うのだと朧気に理解してた。
夏樹はわたしを壊すの?
何をするの?
わたしからは怖くて訊けないし、肯定も否定も出来ない曖昧さをもどかしく思う。