赤い電車のあなたへ
でも、それとこれと話は別だ。
夏樹がなぜ不機嫌なのか。
朝露に来てから一度もなかった原因不明の出来事に、わたしはパニックを起こしかけた。
「……な、夏樹……ごめん! ごめんなさい!!」
理由もわからないまま、とりあえず謝った。体が膝がガクガクと震えて、さっきまでの楽しい気持ちがしぼんでゆく。
やだ
いやだ。
逃げたい。
逃げたい。
「鞠……」
夏樹がわたしを呼んだけど、怖くて彼の目が見られない。
すると、夏樹らしい手がわたしの頭をポンと叩いた。
「すまん……ちょっとイラッと来ただけだ。おまえが原因じゃない。気にするな」
そう言って、夏樹の手はわたしの髪をくしゃっと乱した。
わたしは乱れた頭に手をやり、やっと夏樹を見る。彼はいつもと変わらない、平穏な顔をしていたけど。
目の奥に一瞬だけ揺らめかせた感情は、何だったんだろう?
「イラッと来たって……なにに?」
反射的に訊くと、夏樹は目を細めてわたしの額を小突いた。
「ばーか。そんなのおまえが知る必要ないの」
「え~なにそれ?」
良かった。いつもの“夏っちゃん”だ。
わたしは安堵してそのまま1年の教室に入った。
わたしに向けられた後ろからの視線に気づかないまま。