赤い電車のあなたへ
なんだか名残惜しいな……。
沈みゆく夕陽を眺めてわたしは小さくため息をつく。
龍太さんと一緒にいると、不思議に何もかもが新鮮で色鮮やかに見える。
世界に色彩や光が増した、そんな気がしてならない。
彼がする事なすこと全て優しくて思いやりが感じられ、わがままや勝手な態度は一度も見せなかった。
しかもわたしより落ち着いて大人でなんでも知っていて……。
わたしが想像していたよりも遥かに素敵な人だった。
離れたくない。もっともっと一緒にいたい。彼のそばだと心地よさを感じて、自分がちゃんと呼吸出来てるって分かるんだ。わたしがわたし本来の姿でいられる。
わたしがここまで安心して穏やかでいられる。そんな人はいない。
もう旅館に帰らなきゃいけないのが残念すぎて、わたしは普段なら考えないわがままを龍太さんの背中で思う。
龍太さんと1分1秒でも長く一緒に、2人っきりでいたい。旅館は確かに2人部屋だけど周りに人がいるし。本当の2人っきりはこれだけかもしれない。
そして、名残惜しいわたしは気になったものを指差した。
「あ、龍太さん。あの花は何ですか?」
龍太さんにおぶさっていたから見えた、藪の中の紫色の花。わたしはそれが何かを訊くだけのつもりだった。
なのに「あ、あの花だね」と龍太さんはわざわざ近づいてくれる。そんな優しさに胸が苦しくなった。
ところが、いきなりガクンと体が沈み込んだと思うと、そのまま投げ出された。
「あ……っ」
柔らかい衝撃を受けたわたしは何かと目を瞬かせたけど、気づけばさっきまでいたはずの龍太さんの姿が消えていた。