赤い電車のあなたへ
風が奏でさせる草花と梢のざわめきで、立野先輩の声は微かにも耳に届かない。
強い風はしばらく続き、麦わら帽子が飛ばされ掛けて慌てて両手で押さえた。
「なにか言いましたか?」
と立野先輩に訊いてみたけど、
「なんでもないよ」と彼は苦笑いをする。
「けど、確かにアイツ……夏樹にとって肉親の心地よさは格別だろうな」
「そうですね」
わたしは麦わら帽子を脱いで空を仰ぎ見た。
それなら夏樹がわたしに優しいのも納得出来る。
夏樹がお母さんを亡くしたのは僅か3歳の頃だから、特に女性の身内は思い入れが強いのかも。
だったらなおさら夏樹がわたしに特別な感情を抱くなんてあり得ない。
毎日一緒に暮らす家族は親しみや近親感や情こそあれ、恋したり異性と見るなんてないよね?
少なくともわたしはそうだった。
女の子は幼い時に初恋に近い感情を父親に持つと言うけれど。わたしが5歳の時に亡くなったお父さんには、そんな思いは抱かなかった。
大好きではあったけど、よく幼い子どもが言う“お父さんと結婚する”なんてわがままは言わなくて。
ベタベタせず割とクールに付き合ってた気がするな。