赤い電車のあなたへ
夏樹の話はさて置いて、わたしは立野先輩にも電車の人の話をした。
もちろんその人に“恋をした”なんて言えないから、昔のいなくなった知り合いに似てるとしか説明が出来ない。
「知り合いなら名前も住所もわかるんじゃないか?」
立野先輩は当然の指摘をしたけど、わたしは口ごもりながら言い繕う。
「……本当に昔なんで。わたしは子どもでしたし……ちらっと会っただけですから。でも、返してもらわなきゃならないものがあるんです」
わたしの心を、と胸の内で呟いた。
電車の人のことをなぜみんな一度に話さないのか、と言えば。こうやって個人ごとに説明を変えなきゃいけないし、わたしのことをよく知ってる夏樹には特に知られたくないと思う。
夏樹がこんな話を聞いたら、きっと止めろと言い出すに決まってる。
だから、せめて親友のほたると立野先輩だけには先に教えて、夏樹に伝わらないよう口止めをしないと、って考えた。
「その様子だと夏樹には話してないだろ?」
立野先輩の鋭い指摘に、思わずわたしはその場で立ち止まって、彼の後ろ姿を見た。
「夏樹に秘密にしたい事だから、わざわざ僕と2人を狙って話したろ?」
立野先輩は振り返らずに先に進みながらそう話した。