赤い電車のあなたへ
渓谷の下に広がるのは朝露川の清流。けれどもそれは少なくとも10メートルは下で。
川の流れに削られた崖は断崖絶壁だし、渡れる道幅は50センチあるかないか。この幅ならふだんの平坦な道なら平気なのに、片側が崖っぷちというだけでなぜこんなに怖いんだろう。
「へ、平気! 両方に壁があると思えば。片側が崖だから怖いと思うんだわ」
わたしは声に出して自分にそう言い聞かせた。
折り悪く風が強くてバタバタと看板や宣伝の旗が揺れる。
それはわたしの不安を煽るけど、わたしは目にしないように努めて崖っぷちの道に進んだ。
体を横にし岩壁に張り付く格好で、手探りで進んでゆく。
どくんどくんと心臓が五月蝿い。手のひらにいやな汗をかき、緊張から呼吸が早く浅くなる。
落ち着けと自分に言い聞かせながら、何度もつばを飲み込んだ。
いつまでも続く絶壁に、本当にこの先に龍太郎おじいさんがいるのか、なんて懐疑的な気持ちにもなりながら、そんな感情を否定する。駅員さんは親切で教えてくれたんだからって。
「あっ!」
左足を移動した瞬間、足場が激しくぐらついた。
とっさに右足首に体重をかけ、左足を持ち上げた刹那。足場が10センチほど崩れて10メートル下に落ちていった。
それを目で追って、背筋がヒヤッとする。汗を手の甲で拭うと、手だけじゃなく服がずいぶん汚れたと気付いた。