帝国湯へ、いらっしゃい

斎場は人でいっぱいだった


川中武


タケさんて、武だからタケさんなんだな

そんなことすら、知らなかった


人望は
参列者の数ではなく
流れた涙の量だと聞いたことがある


本当かどうかは知らないけれど


タケさんの通夜なのに、まるで実感がない

列が進んで、遺影が見えた



タケさんだ

家族が用意した写真

笑ってるや



笑ってるけど、その写真少しぼけてるよ?

写真館の主人のくせに、なんでぼけた写真なんだよ



いつだったか、
タケさんの写真は誰が撮るのかって聞いたら

“占い師が自分を占えないのと一緒だ”って言ってた



周りから、すすり泣く声が聞こえる

俺は、なぜか涙は出なくて


なぜ、今、ここにいるのかも分からなくて


あの長方形の箱の中に
本当にタケさんはいるのかな?


バアって出てくるんじゃないかな?


明日になったら、
当たり前のように銭湯にいるんじゃないかな?


なんて思って

他人事のように


ただ遺影だけを見てた



ねえ、タケさん

俺まだタケさんに勝ってないし


タケさんだって

俺と琴の結婚写真撮るって言ってたじゃないか



約束、果たせてないのに


いつも勝手なことばかり言ってさ

いつも勝手なことばかりしてるくせに



最期まで


勝手に死んでるんじゃないよ










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