帝国湯へ、いらっしゃい

玄関で塩をかけて家に入った


ネクタイを緩める



“長生きするもんじゃないな”

そんなこと

そんな、こと


あるわけないのに



長生きはするものだろうに

そんなこと、言うなんて



家に帰って
ゴンちゃんの言葉で

初めて

ああ、タケさんはいないんだなと

実感した



たった3ヵ月

俺の知ってるタケさんは3ヵ月



ゴンちゃんの知ってるタケさんは何十年

だって竹馬の友だもんな



俺がこれだけ寂しいんだ
俺がこれだけ悲しいんだ


ゴンちゃんの寂しさが、悲しみが
どれほどなのかと、思うと


目頭が熱くなる



斎場で流れなかったのに

家に帰ってから流れるなんて




“誰かが覚えているうちに逝きたいよ”



道に落ちているセミのことを

気にもしないで

ただ通りすぎて

生きてきた




誰かが

誰かが

土に埋めてやっただろうか



俺は今までに

埋めたことない



誰も埋めずに

腐っていく



誰もセミの気持ちを考えずに

通りすぎていく




そんなこと

今まで平気でしてたなんて



そんなこと

やっと気づくなんて



27年も生きてきて

仕事も順調かもしれない


それなりに恋愛して

一人前の大人のつもりでも




セミの気持ちも分からずに

生きていたら



ダメなんだよ



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