帝国湯へ、いらっしゃい

「タケさんとあたし」と言って見せてくれた


へえ

「タケさん若っ!!琴ちっちゃい!!」


二人で湯船に浸かってる

「これ、誰が撮ったの?」

「分かんない」



「分かんないんだけど、タケさんの家にあったんだって。だから奥さんがくれた」



映ってる人の年齢は変わっているのに

映っている場所は変わっていない



タケさんはいなくても

いたっていう証はちゃんとあるんだ


この写真とか
貰った将棋盤とか
この場所とか


“病院に入れられたら、何も出来ない"

“銭湯も将棋も、みんなにも会えない”



少しだけ、本当に少しだけだけど分かった気がした


誰かに会いに来てたのかな

この場所に来ることで誰かを思い出していたのかな




「鯉の絵だけど、タケさんは女湯に入ったのか?」

「この頃はこっちが男湯だったみたい。覚えてないけど」




“入院して我慢して生きるくらいなら”

“すぐに死んでもいいから、ここにいたい”


どうしても離れたくなかったんだ



ああ、そうか

だからゴンちゃんは言ったんだ


“よかった”



俺はよかった、なんて思えないけど

よかったね、って言えないけど



ゴンちゃんは言えるんだ


それはタケさんの歴史と
ゴンちゃんの歴史と

この場所の歴史を知っているから




いつの日か俺も心から

“よかった”と言える日がくるといい


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