帝国湯へ、いらっしゃい

自宅の玄関を開けたら

フワっと菖蒲の匂い……いや、香りがした


あ……


体に香りが染みついたのか


もしも今日、銭湯に行かなかったら
菖蒲湯には入らなかった訳で

今日がこどもの日だって気づくこともなかった訳で



カレンダーなんて毎日見てるのに
なんで俺は気づかなかったんだろうか


仕事で忙しいからとか
行事には関係ないからとか


そういう問題ではない気がする




生きてきた27年間で菖蒲湯に入ったのは今日で何回目なのだろうか

おそらく片手で足りる。いや余るだろう



なんだろうな

銭湯は当然のように社交の場ではあるのだが



“今日の風は湿ってる”とか

“庭の花につぼみが出来た”とか



何気ない会話や行事で季節を感じる


そして、そんな会話が当たり前のように交わされて
当たり前のように受け取っていた



ああ、そうか


そうやって皆、過ごしてきたのか
そうやって癒してきたのか


その癒しを仕事や家庭での活力にしてきたのか




ふと、机の上のプレゼンの書類を見た


ーーーやるか



今なら、いい考えが浮かびそうな気がしたので

体に染みついた香りを嗅ぎながら、机に向かって作業を進めた





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