金木犀のアリア
幾駅かを過ぎ、慣れない電車の揺れで酔ったのか、微かに冷や汗が詩月の額に滲んだ。

詩月はヤバイと思ったが、猫を見失ってはと手すりを握りしめた。

白い猫は「やれやれ、まあ頑張って」とでも言うように伸びをして座り直し、リラックスしている。

詩月は生意気な猫だと思いながら気持ちに余裕がない。

「おい、大丈夫か? 顔色悪いぜ」

学生服を着た、体育会系の学生に声をかけられ、詩月は強制的に、席へ座らされた。

「すみません……」

一礼して猫の姿を確かめ、ホッと息をつく。

詩月は1人電車に乗ったことを後悔しつつ、ヴァイオリンケースを膝に置き、落とさないように両手で、ケースを握りしめる。

ケースの中身は母親がまだ演奏家を目指していた頃に弾いていた、オールドヴァイオリンだ。

「鎌倉~次は鎌倉~」

 車内アナウンスが流れた。

白い猫が、すたりと座席を降り、電車の出口へ向かう。

詩月は座席を譲ってくれた学生に会釈し、白い猫を追い電車を降りた。

そして、人の流れを掻き分けながら巧みに駅を行き交う人の足元をすり抜け進む白い猫を、見失わないよう改札口へと急ぐ。

白い猫は東口側改札を出たところで「ちゃんと着いてきて」とでも言いたげに、詩月を振り返った。


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