金木犀のアリア
 詩月は空席に座り、車窓を流れてゆく景色を眺め、自家用車からの眺めとは、目線の高さが違うだけで、ずいぶん風景が違うんだなと思った。



電車独特の揺れが心地好い。



踏切を過ぎる時、軽快に鳴る甲高い音も、電車同士がすれ違う時に鳴る金属音も、電車の中で交わされる会話も、様々な音が溢れていることに、詩月は改めて気付いた。



しっかりと膝の上でヴァイオリンケースの持ち手を握りしめる。



 母のヴァイオリンだ。

無茶苦茶な運指法で弾く演奏にも関わらず、良い音色を響かせてくれているのは、母のヴァイオリンのお蔭だと詩月は思う。



腱鞘炎の痛みに耐えながら母が弾き続けた、オールドヴァイオリンに母の祈りが込められているからかもしれないと。


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