金木犀のアリア
「久しぶりに貴方のヴァイオリンを聴きたいわ。

今、弾きたい曲を弾いてくれないかしら」




母からのリクエスト。

初めてのことだ。

母に演奏を依頼されたのは……。

幼い頃。

自分の演奏を聴いてほしくて、或いはヴァイオリン教室の生徒を教えた後にふと見せる悲しげな顔をした母を慰めたくて、傍らで演奏したことはあったけれど……。


こんなにもストレートに、「演奏を聴きたい」と言われた記憶はなかったなと詩月は思う。



 詩月は母親との幾年ものわだかまりが、一瞬で溶けた気がする。



ヴァイオリンを弾くことを快く思われていないのでは?と思ったことが、取り越し苦労だったと思えた。



「……どうかしたの?」



「いえ……なんでも」



詩月はヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出し、急いで調弦する。



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