金木犀のアリア
どんなに恵まれた環境に育ち、どんなに才能溢れ、どんなに容姿端麗の3拍子揃ってるイケメンだった……としても、心身共に健康であることに優る幸せはないと、詩月思う。



 花を美しいと感じることも空を見上げ、その青さを眩しいと思う日も、傘越しに伝わる雨音の響きも、吹雪く風の冷たさも――。



何気ない1日1日。


詩月は胸に手を当て、心音を確かめ「生きている」ことを噛みしめる。



 ベートーベンの「運命」を初めて聴いたのは、詩月が小学生の時だった。



音楽室の壁にかかったベートーベンの髪を振り乱した肖像画、その険しい顔が詩月は今も忘れられない。




破裂音のような和音で始まる曲が、音楽室いっぱいに響き、「雷」と「豪雨」に耐える大木を連想した。




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