金木犀のアリア
だが、昨年春。

詩月が編入試験に、マスネ作曲「タイスの瞑想曲」を演奏した後、安坂か詩月か? が度々話題にあがっているのだが……。

「安坂さんは優等生かもしれないけれど、ちゃんと周りの演奏を聴いているし、周りの技量をカバーして演奏できる人だろう? コンマスは……オケの音全てを一度に聞き分けなきゃいけない。彼はそれが自然にできる演奏家だ。安坂さんと合奏して感じることだが、彼の奏でる音は決して優等生ではないと思うな」

「ほぉ?」

 マスターが詩月をまじまじ見つめる。

「あらっ、周桜くん。あなただって、本気を出せば貢よりも……」

「冗談だろ!?」

 詩月は郁子の言葉を遮り、人差し指を顔の前で左右に数回動かした。

「あの貢の演奏と互角に、しかもハモって演奏できるのは、あなたくらいよ」

 郁子は更に続ける。

「編入して間もないあなたを学オケに見学に誘って、オケの演奏を聴いた後……。あなた溜め息つきながら、めいっぱいダメ出ししたのよ。覚えてない?」


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