金木犀のアリア
3章/詩月

1話/夕暮れ

 練習室から出てきた郁子は、深く溜め息をつき重い足取りで校門へ向かう。



「浮かない顔だな」


校門前に車を停め、郁子を待っていた安坂は、低く張りのある声で言うと微かに口角を上げた。




「貢、ピアノの課題曲がどうも納得いかないの」



「だろうな。郁、最近のお前の音には覇気がない」



「貢!?」



「音符を追ってるだけでは演奏ではない……って、お前の場合は追いたてられているようだ」



郁子は、はっとしたように安坂を見上げ、涙目になる。



「ちょっと、付き合え」


安坂は言うなり、郁子を強引に助手席へ乗せ、車を走らせた。




「貢!? どこに行くの?」


戸惑う郁子に安坂は、運転しながら優しく尋ねる。



< 40 / 233 >

この作品をシェア

pagetop