金木犀のアリア
 郁子の瞳から涙が、溢れ頬を伝った。


郁子は指で涙を拭ったが、涙は後から後から頬を伝った。



「そんな孤独の中で、周桜は聴き手を惹き付けて、これほどの演奏をする。

ピアノもヴァイオリンも、リリィさんの教えはどれほど凄い教えだったんだろうな」



険しかった安坂の顔に穏やかさが戻り、郁子に優しく微笑む。



「負けられない相手なんだろう、奴は?」



「ええ……」



――悩んでなどいられない
嘆いてなどいられない
泣いてなど……いられない




郁子は涙を拭い、顔を上げ詩月の演奏姿をしっかりと見つめた。



 夕陽に照らされ、一際輝くヴァイオリンの美しさにも増し、詩月の奏でる旋律は美しく夕暮れの公園に響いていた。


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