薬品と恋心
動かないティアを見て、男は口角をわずかに上げて笑みを浮かべた。
「…なんて、冗談です」
「…え?」
仮面の男は差し出した手を引き、髪をかきあげた。
「すみません、意地悪が過ぎましたね。残念ながら私は貴女の捜している人ではありませんよ」
ー違う?
ージークではない?
「そう……ですか」
認識したと同時にティアの肩から力が抜けた。
この人がジークではなかったことに安心している自分がいる。
ジークとジーニアス。
ティアの心はジーニアスにあるが、もし今ジークに手を取られたら振り払う自信はなかった。
長い間、心の支えだった。
たとえジーニアスに心が向いていても会いたかったことにかわりはなかったためだ。
(しっかりしなきゃ)
本当にジークが目の前に現れたとき、きちんと話ができるように。
風がサアッとふたりの間を通り抜け、ティアのドレスと髪をふわりと揺らしていった。
まるで、ティアの心をはっきりさせるかのように。